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「…葉月さん、俺…まだ飲みこめてないっつーか、信じられねぇって気持ちがあって。…や、疑うようなことじゃないのはわかってるんですけど」
まっすぐで真摯でありながら、切迫した心情をないまぜた烈の瞳に、葉月は一時沈黙してから、胸元へと両手をかける。
着物の合わせを緩めると、首元から鎖骨にかけて、小さなほくろだけがぽつんと見える肌が露になった。
「…『エピドート』を降りたことは、間違いないよ。『起動装置』は返上された」
「……」
「背中の刻印もなくなった。…見てみるかい?」
「いえ、…大丈夫です」
不確定だった…否、不確定にしておきたかった"事実"を突きつけられ、烈と蒼矢の面持ちは見る間に消沈する。
彼らの表情を見、葉月も小さく嘆息をつき、目を伏せる。
「ごめんね、突然になってしまって。"予感"自体は前々から感じていたから…もっと早くに伝えておくべきだった」
「いえ…そもそも、葉月さんはもう10年を越えてましたから、いつ"この時"が来てもおかしくはなかった。…心づもりしてなかったわけではないので…ただ、覚悟が足りてなかっただけのことです」
「どのタイミングで言われても、なんも変わらねぇっすよ。いつ誰か退こうが、それを見越してなにかを準備しとけるような代物じゃないっすから。…あとは俺たちの気の持ちようだ」
それぞれに自身へ言い聞かせるような言葉を吐いてから、烈はふと居住まいを正す。
「葉月さん、今までお疲れ様でした。俺…葉月さんがいたからこそ思いっきり戦えてたし、無茶もできてた。学ぶものも、数えきれないほどたくさんあった。…いつでも心の支えでした、感謝してもしきれないっす」
「俺も…覚醒当初から、葉月さんは精神的な支柱でした。あなたがいなかったら、俺は今までのどこかで、きっと心が折れてたと思います。セイバーである時も普段からも、心身ともに鍛えて下さいました。…ありがとうございました」
「…こちらこそありがとう。僕自身も君たちに支えられてたし、共にすることで成長できていたよ。僕が今こういう穏やかな心持ちでいられるのは、影斗や陽も含めて、みんなのお陰」
「葉月さん…」
「この先これ以上のものは決して訪れないだろう、貴重なひと時を一緒に過ごすことができて、嬉しく思ってる」
深く下げていた頭をあげ、少し瞳を滲ませるふたりへ、葉月は穏やかな笑みをたたえながらそう応えた。
「…まぁ『セイバー』から外れはするけど、たぶん今後も君たちには関わっていくことになると思うから、変わらずよろしくね」
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