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一時逡巡してから、蒼矢は葉月へ問いかけた。
「…苡月が次のエピドート候補らしいと、影斗先輩から聞いたんですが」
「! うん…どうやらそうみたいなんだ」
「…すべては、覚醒してから判るものと思ってました」
そうどこか憂いのこもった面持ちからは、まだ戸惑いと疑念をぬぐいきれていない心境がうかがえた。
「…そうだね。今まではずっと、事前に当たりがつく、なんてことはなかった。僕の言ってることも"勘"でしかないから、もしかしたら全然違う子になる可能性だってある。でも…僕の中でだけは、ほぼ確定的だと感じられてるんだ」
「苡月が帰ってきたから、ってことなんすよね?」
「うん。あの子がこの家に帰ってきた時に感じた予感…あのタイミングは、偶然じゃないと思ってる」
「…確かに、現役となんらかの関係性がある奴が選ばれる、って法則にもあてはまり過ぎてるからなぁ…」
「道場に通ってる生徒さんとか挙げれば、15歳前後の子とつながりがなくはないんだけど…僕自身ぴんときてなかったんだよね。でも…苡月が帰ってきて、久し振りに顔を見た時に、今までにない強い衝撃を受けたんだ」
「引退間際のセイバーだけが体験する感覚なんすかね」
黙ってしまった蒼矢の代わりに烈が聞き役になる中、テーブルを見つめながら体験談を話す葉月は、ふと頬杖をついた。
「こういうのって『回想』じゃ見えない範疇だから。でも本当に、引き継ぐ者にはなんとなく判るものなのかもしれないね。…烈の覚醒も、もしかしたら先代だけには目星がついてたかも」
「えっ…そうなんすかね? 次はどいつだって当たりがついてたとしたら、一度でも面識がある人ってことっすよね?」
「そうなるね。思い当たる人はいないのかな?」
「んー…全然わかんないっすね。俺に限っては、先代とはなんの繋がりもないと思いますよ? セイバーになった時点で蒼矢と影斗いたし、それで充分かなって」
腑に落ちるところがないのか首をひたすら傾げてみせる烈を、葉月と蒼矢は静かな笑みを浮かべながら見守っていた。
話が一旦切れたところで、ふと蒼矢は口を開く。
「…正直、苡月に対してどういう気持ちでいればいいのか、わかりません」
「!」
「セイバーとしては、もちろん喜ばしいですが、…"今"は、苡月に対しても自分自身へ向けるものとしても、正しい感情が見つからない」
「? 普通に歓迎してやりゃあいいんじゃねぇのか? 最初は右も左もわかんねぇだろうけど、俺らで支えてやればすぐ慣れるだろ。俺もそうだったし」
「…うん、そうだな」
蒼矢は至極セイバー然とした反応を返す烈に、うつむいたまま頷き返した。
そんな彼の様子を見、葉月はぽつりと言葉を漏らす。
「蒼矢には葛藤があるかもしれないね…君は特別、覚醒当初から苦労が多かったし。『セイバー』であっても、簡単には受け容れられない、手放しでは喜べない感情があるんだね」
「…情けないですが」
「そんなことはない。おそらくそれは君も思ってる通り"セイバーらしくない感情"なんだろうけど、きっと本来なら忘れてはいけない感覚だと思う。…選ばれた者としての補正が効いてたとしてもね」
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