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白い世界
足元がおぼろげで、視界にも霧がかかったような、真っ白な世界。
そんな世界の端。色のない海岸で、白いキトンを纏った一人の若い男性が背中を丸めて座っているのを見た。ぼさぼさな茶色の髪が印象的だった。
「……ねえ」
私は声をかけてみた。
その人は俯いて、指で砂の上に黙々となにかを描いている。けれど、何度描いても波に全てをかき消されている。
男性の指先が砂の上をなぞるたびに、顔の上半分を隠している前髪がユラユラと揺れる。
「なにをしてるの?」
この人は答えない。
「覗いてもいい?」
これにも、答えない。
答えぬのは肯定の意だろうと、私はそっとその男性の横へ移動した。
描かれていたのは、幾何学模様。どんな、と聞かれても答えられないような模様。しいて言うのなら羽が連想できる、という程度。
そしてその模様も、また波が来るとかき消されてしまう。次は何を描くのだろうと見ていると、男性が描いたのは柄は違えどまた羽を連想する幾何学模様だった。
「……なんで、また羽を描いたの?」
「……じゃ……な」
疑問が口をついで出た時、初めて男性が声を出した。けれどぼそぼそとしていてよく聞き取れない。そして変わらず俯いている。
「なんて?」
「羽じゃ、ない」
聞き返すと、長くてぼさぼさの髪からは想像できないような甘い声で返された。
そもそも話せたのだと驚く私の横で、彼はまた淡く色づいたくちびるを開く。
「これ……天使」
「天使」というその単語を発し終えた彼は、どこか嬉しそうにその口角をあげた。ほっそりとした指先が絵の一部をなぞる。
「これ、頭。それでこれが羽」
示されていく部分を見て行くと、なるほど。確かに天使である。
こう示されている間も、どんどんと波が押し寄せて絵をかき消している。つまりはいたちごっこだ。どれだけ描いても波が消してしまう。
それでも男性の描く絵は、先ほどから一度たりとも同じものではなかった。
描く対象が天使であることに変わりがないのだけれど、一度すべてが流されると、今度は残った部分を使って別の天使を描いている。
「なんでこんなに、天使ばっかり描くの」
「天使だから」
彼は意味の分からないことを言う。
「どういう意味」
問うと、彼はくいっと頭をあげて、私を見た。
「だって、天使だから」
長い前髪がサラリと流れて、その顔があらわになる。彫刻のように整った顔立ち。
それを見て私は、直感的に「ああ、天使だ」と思った。
この人は天使なんだと。
「……それじゃ、その絵は自画像ってこと?」
「自画像というか、理想像」
男性――いや、天使はそう言って、ずっと絵を描いていた指先を砂浜から離した。
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