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出会いは突然に
出会いは、大学からの帰り道。
先輩にしこたま飲まされた夜だった。
ふらつく足に鞭打ち、どうにか家路を歩いていたとき。
『……ぅ、』
人気のない路地に佇む街灯の下、壁を背にして座り込んだまま呻いていたのが、ウリエルだった。
絵画から出てきたように美しいその姿は、いっそ人間でないという方が納得できるほどで。それに何よりも、その背中にはボロボロになった羽根が見えて。
『天使……?』
思わず呟いた言葉に、パチリと目が開いて。
助けて、と言われた気がした。
そして俺は、本能的に応えていた。
普段なら絶対そんなことしない。
それなのに、あの日はどうしてか、傷だらけで壁に凭れるそいつを放ってはおけなかった。
小柄なのをいいことに一息に背負い、借りているアパートに連れ帰った。そして、とりあえず手持ちの消毒薬やらを使ってできる限りのことをしたあと、ベッドに寝かせて。
本当にそれだけ。
それだけだった。
いつの間にか目を覚ましていた少年は、俺の心配をよそに立ち上がって、一瞬だけ辺りを見回してからすぐに安心したように微笑んだ。
その顔もまた絵画の中から抜け出たように綺麗で、思わず見とれてしまう俺に向かって、現実離れした笑顔を向けた。
『お兄さんみたいに優しい人間もいるんですね』
その微笑みはとても幸せそうで。
『僕の名はウリエル。この姿を嗤わず、訝らず、攻撃もしない……そんなあなたのお蔭で命を繋ぐことができました。あなたのお名前も教えていただけますか?』
『……し、慎吾。田能慎吾だよ』
そう、俺は本当に何もしていない。
強いて言えば名前を教えたくらい。
『たの……しんご。たの、しんご……、たのしんご、たのう、しんご』
俺の名前を、まるで大切な相手から貰った貴重な贈り物のように声に出して反芻する様子がくすぐったくて。
『慎吾さん、この恩は忘れません。ここに降りてすぐ、天使の存在を信じない人間たちに襲われましたが、同じ人間でもあなたはそんな僕を助けてくれた……あなたはきっと、特別な方なんです』
『いいって、俺は別にそんな……大したことなんてしてないんだから』
『いいえ、いいえ。僕にとってはとても特別で、大したことなんです。あなたとの出会いに感謝を。そして、あなたがどうか幸せでいられるよう祈らせてくださいね』
熱っぽい言葉と一枚の羽根だけを残して、ウリエルは俺のもとから消えた。
一夜限りの奇妙な邂逅。
夢のような、不思議な記憶。
それで終われば、どれだけよかっただろう。
実際、ウリエルと出会ってからの俺はなんとなくツイていた。講義に遅刻したら講師も遅刻していたり、2回連続でコンビニで当たりクーポン付きのレシートが出たり。
そして極めつけは、同じゼミの中村さんをデートに誘えたことだろうか。前々から気になっていて、いつかきっかけができたら……と思ってはいた。
だがついこの間、偶然中村さんとふたりきりになる機会があって、更に中村さんが俺に話しかけてきたのだ。今度のゼミの課題がどうとかそういう話題ではあったが、そこからどうにか繋いで、なんとか一緒に出かけるところまで漕ぎ着けた──必死すぎたかもとは思ったが、千載一遇のチャンスを逃すわけにもいかないし、多少はな。
そんな順風満帆な日々の中。
いよいよ中村さんとのデートを控えた朝。
目が覚めると、俺は見知らぬ空間にいて。
ウリエルの前で、両手を上げた姿勢で何かに縛られていた。
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