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天使の囁き
どれくらいの間、こうしていただろう。
冷静な思考すら奪うような甘い香りの漂う空間で、ウリエルは俺を見つめている。
「慎吾さんの望むことを仰ってください。僕にできることなら、なんでも叶えますよ?」
ウリエルは恍惚の笑みで立ち上がり、その白魚のような指で俺の身体を撫で回してきた。頬、顎、喉、胸元と、俺の身体を指先で味わうみたいに。
「もちろん僕のできる範囲でですけどね」
碧い瞳が、俺の願望なんてお見通しだと言わんばかりに煌めく。その光に、俺の望みは断たれたことを悟るより他なくて。
だが、その目はあくまで優しくて。
「ねぇ慎吾さん。僕はね、あなたの優しさが世俗にまみれて損なわれるのが怖くて仕方ないんです。あなたはご自分で思っているよりたくさんの人を引き付ける方ですから、その分影響を受ける機会も多くなりますからね」
「……さっきも聞いたぞ。だけど俺が特別だとかそういうんじゃない、俺は普通に生きてきただけだ」
「善い人というのは、えてして自覚のないものです。僕はね、そんな慎吾さんのままでいてほしいんですよ……。同族との生殖を期待して、その欲望に身をやつす慎吾さんも……それはそれで見ごたえがありましたけど。特に、昨夜とか」
「なっ、な……!?」
なんでそれを……!?
「天使には心も読めますし、任意の対象を覗き見ることもできますから。欲望に身を任せきった浅ましい姿も、可愛らしかったですよ? 慎吾さんも人間なんだと……微笑ましかったです」
「~~~~~~!」
ウリエルは頬を赤らめるが、赤らめたいのは俺の方だ! 悶絶していると、「あぁ……やっぱり」と声がする。
「ん、くっ────」
くそっ、声なんて漏らしたくないのに……!
ウリエルの指が、艶かしい手付きで俺の腰に触れる。腰椎を撫でて、鼠径部を捏ね繰り回し、ゆっくりとあちこちを擦るように移動してから、今は尾てい骨の辺りで八の字を描くように指を蠢かせている。
天使としての能力で俺の感覚に干渉しているのか、それとも単純にウリエル自身が手慣れているのか、その気もないのに身体がじんじん熱くなってくる。
「ふっ、んぅ」
立った姿勢を保てず前屈みになったところを、ウリエルの手でより前傾姿勢になるよう背中を押されてしまう。
何するんだ──そう言う間もなく、ウリエルが耳元で囁く。
「慎吾さん、こんな簡単に屈してしまって。やはりあなた可愛らしい……。これまで何千何万と人を見てきましたが、僕にこんな感情を与えたのは、慎吾さんだけですよ」
「ぅ、あっ、ん、」
艶やかな囁きと、熱を帯びた吐息に耳の奥まで愛撫されて、脳までも掻き回されたような疼きに脚を崩される。でも、俺を縛るモノが崩れることを許さず、ただウリエルの手に抗う力が身体から抜けるだけだ。
それを察してか知らずか、ウリエルは熱に浮かされたような声で、我を忘れたように囁き続ける。
「慎吾さん、あぁ……慎吾さん。慎吾さん、僕はね、慎吾さんを僕のモノにしてしまいたいんです。ごめんなさい慎吾さん、ねぇ慎吾さん、慎吾さんこっちを見てください。慎吾さんの目に、耳に、その厚い胸に、たくましい腕に、広い背中に、いや慎吾さんの全部に僕を刻み付けたい」
荘厳な羽音と共に広げられた二対の翼が、俺たちの身体をすっぽりと包む。輝く翼の包む白い空間に、俺とウリエルのふたりだけ。
それはさながら、ウリエルが望んだふたりだけの園。
俺の世界を埋めつくしながら、「そうだ」と軽く呟いて、ウリエルは言う。
「ねぇ、慎吾さん。僕の子どもを産んでください」
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