こころ

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 その瞬間、ふわりと全身が温かいものに包み込まれた。  それが、彼であると認識するのに、そう時間はかからなかった。先ほどまで全く同じ背丈の少年の姿だったのに、今はそれ以上に大きなものの存在のように思えた。 「まあ、そんなことを言っておいて」  ずっと上の方から、耳触りの良い声が聞こえてきた。 「俺もまた、自分の醜さに向き合えていないんだけどな」  僕は抱かれていた。巨躯の天使に、抱かれていた。  彼の背中の両側からは、真っ白で巨大な一対の翼が生えていた。立派なそれを目視した瞬間に、包んでいた温かさが消え去った。触れていたはずの彼の肌を透き通って、僕はなににも触れられなくなる。 「え、なんで? どうして?」 「天使っていうのは、そういうものだ」  彼は巨大は翼をはためかせて、上昇した。僕を吹き飛ばそうとする意志すら感じられた。だけど、視界が晴れて見上げた先には、微笑を浮かべた彼の、端正な顔があった。口元が、ゆっくりと動き出す。 「打ち解けた暁には、きっと望みが叶ってるはずだ。大丈夫。おまえなら、きっとできる」  二度目の強風が、襲ってくる。
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