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実行
次の日、仕事終わりに2人で工場長に頭を下げて給料を前借りし、その足で銀行へ向かった。
『いらっしゃいませ、ご用件はなんですか?』
「あの、えっと…」
勢いで来たものの、急に恥ずかしくなってきた。井上はうしろで座りながらお歳暮チラシを眺めている。
―なんで俺が両替してるんだ。言い出した井上がやるべきだろ!
そう思ったが時既に遅し、自分の未来のためにやりきるしかない。
「これを10円玉に両替して欲しいんですけど。」
そういって1万円札10枚をトレーに置いた。
『えっと、かしこまりました。10円玉1万枚でよろしいですか?』
「はい…お願いします。」
恥ずかし過ぎる。行員さんの視線が心臓の奥まで刺さる。だがしかし、ここで折れる訳にはいかない。これは大学生がノリでやっているのとは訳が違うんだ!
『非常に多い枚数での両替となりますので、手数料が発生しますが、よろしいですか?』
「…えっ?」
初めて聞いた。いままで両替なんてコンビニで1万円を千円札にしてもらったことしかなかった。思い返せばあのとき店員も手数料を取りたそうな顔をしていた。
「ちなみにいくらですか?」
『当銀行では500枚ごとに700円頂いていますので、合計で14000円になります』
「ちょっと待ってください」
後ろを振りかえると、井上も話を聞いていたのか、空を見つめて呆然としていた。
どうするんだと小声で訴えたが全く届いていない。
―もうやるしかない
―というか恥ずかしくて引き返せない
「お願いします!」
そういって2人の前借り分からさらに14000円を支払った。
『かしこまりました、少々お待ちください』
持ってきたリュックに行員の方が2人がかりで10円玉の棒金を詰め始めた。傍からみると完全に銀行強盗だ。
待つこと30分、そこにはリュックいっぱいの10円玉があった。
『お待たせしました。10円玉の束1本で500円となっており、この中に200本入っております。ご確認されますか?』
するな!という目で行員さんが聞いてきた。大丈夫、こちらも同じ気持ちだ。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。」
『では、お気をつけてお帰り下さい』
ホッとした表情の行員さんに見守られながらリュックを背負った。
……やばい、重すぎる。
完全に忘れていた。あとで調べたところ10円玉の重さは1枚4.5グラム。つまり、1万枚で45キログラム。
工場勤務で多少体力があるとはいえ、先ほど仕事が終わってきたばかりの体で45キロのリュックは拷問に近い。
だがしかし、早く帰れと言わんばかりの行員さんの視線を受けながらこれ以上ここに留まることもできない。
「いのうえ…かえるぞ」
声を振り絞って未だ放心状態の井上を呼び起こし、なんとか帰宅した。
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