第二章「花言葉の言霊」

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 5歳の明日香は迷いなく、湖畔の木々の間を走っていく。あははははと楽しそうに笑いながら。葵もそれに続く。追いつかないように、でも、見失わないように、絶妙な距離を保ちながら。  しばらく走ってから、明日香は急にしゃがみこんだ。じっと池のほうを眺めてから葵のほうを振り向く。 「葵ちゃん、水の中に木がある」 「あ、本当だね。たくさんの木が奇麗に反射しているね。」そう言いながら、葵も明日香に合わせてその場にしゃがみこんだ。二人並んで小さくしゃがんで、おしゃべりを楽しむ。  あれ、ちょっとデジャヴだな、と葵は思った。なんだったっけ・・・あ、そうそう。地面に咲いている花を見ながら、明日香とおしゃべりをした記憶。  2年前くらいだったっけ。明日香ちゃんが「お花とおはなしするの」とか言って、自分が「お花とお話しするんだね」って繰り返すと、明日香ちゃんが「お花とおはなしとかおもしろい」って小さく笑っていた。そうそう、お花(はな)とお話(はな)しの言葉がかかっているのを面白がっていたなぁ。  葵がそんな風に思い出に浸っていると、明日香がふっと立ち上がり、木々のあるほうへと向かっていった。そして気づくと、明日香の姿が見えなくなっていた。  あ、マズい。ちゃんとついていてあげなくちゃと思って立ち上がる。  数十秒ほど探したが、明日香は見つからなかった。が、他人の子供を預かって見失った時の数十秒は長い。葵はだんだんと焦ってきた。  大仏池のほうをすぐに確認する。池にさえ落ちていなければ、ただの迷子で済む。水面は静かな鏡面であった。たぶん、かくれんぼか何かだろうと思う。だけど、安全確保のほうが大事だと思い、明日香の名を呼ぶこととした。 「明日香ちゃん~。いたら返事して~!」  しかし、返事はなかった。あ、でも、もしかくれんぼをしていたんだったら、これでは返事をしないか。 「明日香ちゃん~、隠れたら「もういいよ」って教えて~!」  すると、小さく「もういいよ~」という声が聞こえてきた。  よかった。少なくとも事故ではなかった。ホッと胸をなでおろす。 「明日香ちゃん~、池の近くだけは行ったらだめだよ~!」 「分かった~。」小さな返答が聞こえてくる。  これでOK。あとは、遊びに付き合ってあげるだけだ。  そのあたりは木が密集しておらず、視界が広い。しかし、大人の知力を総動員させてあたりをくまなく探しても、明日香を見つけることができなかった。改めて、少し焦る。  どうしよう・・・と思った瞬間、ふと、後ろに気配がした。 「葵ちゃん、つかまえた笑。」満面の笑みの明日香だった。 「明日香ちゃん、心配したよ~。全然見つからなかったけど、どこに隠れていたの?」 「葵ちゃんが来たら逃げてたの」 「え、でも、私も足音とか聞き逃さないように注意してたよ?」 「たくさんの木が助けてくれたの。葉っぱの音で逃げさせてくれたから」 「え?」  葵は脳の中で、記憶の音を再現する。確かに、時々、風が吹いてさらさらという音は聞こえていた。でも、まさか、ね・・・。   しかし、明日香は次の遊びを思いついたようで、葵に考える余裕を与えなかった。 「ねぇ、葵ちゃん。あたし、探偵さんなんだよ」 「探偵さん?」 「うん。探偵さんは困った人を助けてあげるんだって。あたしも葵ちゃんを助けてあげるから、ついてきて。」そう言うと明日香は葵の手を引っ張り始めた。まだ困り事を説明してませんけど、と葵はクスッとなる。  ただ、親から少しの間、離れることが想定されるので、葵は念のために琴音に電話をかけることにした。 「・・・そうなんですね。探偵ごっこがマイブームって、可愛いですね笑」 「うん、ごめんね。葵ちゃんに時間あるんだったら、ちょっとだけ付き合ってあげて。明日香も葵ちゃんのこと大好きみたいで」 「いえいえ。じゃあ、明日香ちゃんともうちょっとだけ遊んでますね」 「うん、ありがとう」  電話を終え、葵は明日香を探偵ごっこへといざなう。 「じゃあ、探偵さん。事件の解決に赴きましょうか」
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