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それから秋が来て、冬を越し、やがて春が来た。琴音は月見草の男性のことをすっかり忘れてしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
5月。月曜日、午後3時。遅めのランチ客が帰って少し暇ができたので、琴音は店の奥のストック類を整理していた。すると、しばらくして、店のスタッフの葵が笑顔で近づいてくる。
「あの、琴音さん」
「ん、どうしたの?葵ちゃん」
「なんか、琴音さんにお客さんのようですよ?」
「そうなんだ、ありがとう。誰なんだろう?」
カウンターのほうに向かうと、見慣れない男女が立っていた。
「ご来店ありがとうございます。私に何か御用とかでしょうか?」
「あの、覚えていらっしゃいますか?夜に泣いていた男です」
それを聞いて、琴音はかつての夜の経験を思い出した。髪型が変わっていたから分からなかったのだ。
「あぁ、あの時の。・・・じゃあこちらが、奥様ということですか?」
「ええ。あれから病院では化学療法が始まったのですが、家では教えていただいた薬草茶を飲んでいたんです。頑張って治療を続けました。そうして・・・それで、つい一週間前なのですけど、ガンが寛解しているってお医者さんに言ってもらえたんですよ」
「そうだったんですね。良かったぁ。・・・奥様もお疲れ様でございました」
女性もニコリと笑い、琴音に会釈をした。
「それで、お礼がしたくて。これなんですが、よろしければお店にでも飾っていただけないでしょうか」
男性の手には、可愛い鉢に収まった月見草。
「あ、月見草。今、咲いているということは昼咲きの子ですね」
「そうなんです。嫁がこの花のことを好きでね」
夫婦でほほ笑む。
「私は大したことはしていませんけど、せっかくですので、ありがたく店に飾らせていただきますね」
それから、もう少しだけ会話をしてから、夫婦は店を後にした。
「琴音さん、お知り合いなんですか?」傍で聞いていた葵が尋ねる。
「うん、ちょっとね。また、明日香が探偵になっちゃってね笑」
「明日香ちゃん、また、能力を発揮しちゃったんですね笑」
「ほんとに、もう笑」
目の前の昼咲き月見草は、今、元気いっぱいに咲き誇っている。しばらく店に飾ってから家に持ち帰り、明日香に今日の話をしてあげよう。琴音はそう思いながら、日の当たる窓先にその鉢を優しく置いた。
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