第五章「草木花の音階」

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 葵とヒロユキは近鉄郡山駅で待ち合わせをして、駅前商店街にあるスパイスカレー店で昼食をとることとした。二人ともカレーに加え、その日たまたま提供されていた薬草クラフトコーラを注文。  江戸時代から金魚養殖が盛んであった大和郡山市は現代でも金魚の町として知られている。町中に金魚のオブジェなどを見ることができたが、この落ち着いた店内にはそんなポップさはなく、落ち着きの空間が広がっている。 「このクラフトコーラには大和橘ってのが入ってるんだ・・・」 「うん。大和橘も立派な薬草木ですよ」 「へぇ、そうなんだ。意外と身近なところに薬草って使われているんですね」 「そうそう」  自然な会話をしているだけなのに、少し嬉しい。この奥野ヒロユキという人はアーティストであることを気負わず、純粋に目の前にあるものを慈しみ、今起こっていることを楽しめる人なんだ・・・葵はそう感じた。 「ねぇ、葵さん。薬草とか薬膳のこと、少しだけ教えてもらってもいいですか?」  微笑みながらヒロユキが問い、それに葵が応える。 「もちろんです。まず、薬膳ってのは、中国の陰陽五行の考え方を使って体調を診断するんです。ちょっとエネルギーが足りないなぁとか、血の巡りが悪くなってるなぁとか、消化器官が弱っているなぁとか。・・・ヒロユキさん、葛根湯って聞いたことある?」 「名前だけは。確か・・・風邪の時に飲む漢方薬だったっけ?」 「正解~。正確に言うと、風邪のひき始めに飲む漢方薬。身体を温めて免疫力を高めつつ、汗で邪気を体の外に出してくれるんです」 「なるほど」 「でもね、生姜も身体を温めて、少し汗を出してくれる」 「なるほど・・・って。ん?・・・それってもしかして、葛根湯の代わりに生姜を使ってもいいって話?」 「そうなの。漢方薬を普通の食材に置き換えることもできるんです。もちろん効き目は落ちると思うけど。。私が言いたいのは、薬膳って普通の食材を使いながら体調を整える考え方だってこと」 「なるほど~。面白い。陰陽五行だっけ?その考え方を使って体調をちゃんと診断できたら、それに合わせて食べ物を選べばいいってことだよね?」 「そうそう」  ヒロユキがクラフトコーラを手にしたので、葵もそれに合わせて飲む。 「そうだ。消化器官・・・東洋医学では脾って言うけど、そこが弱ると不安感が高まるとも言われています。緊張すると、お腹のあたりが重~くなるでしょ?」 「なるなる」 「だから、脾を補って不安感を解消するってのもある。千と千尋の神隠しで、おにぎりを食べて泣くシーンあるでしょ?お米って、脾を補う薬膳食材なんです。まぁ、食べてすぐに効くわけじゃないから、あれは単におにぎりを食べて安心しただけかもしれないけど」 「面白い。それに、葵さんって、話うまいね。・・・あ、そうそう。ライブの会場でも、お客さんの雰囲気に合わせて曲を変えることもあるし、弾き方を変えることもある。なんか、それって薬膳に近いなって思った」 「そうなんだ。面白~い」 「ね」
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