第五章「草木花の音階」

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 もう少し話をしてから、二人は店を後にした。目の前の通りを東へ約5分ほど歩くと、そこには奈良時代から続く古い神社があった・・・薬園八幡神社だ。  奈良時代に薬草園を伴いながら建立された古社で、足利時代に現在の位置まで移されたとされる。日本で二番目に古い狛犬がいることでも知られている。そして、その薬草園の歴史をリスペクトしてか、現在も、神社に入ってすぐの場所に薬草見本園が設けられている。 「ほら。これが薬園八幡さんの薬草園。奈良時代からある神社で今でも薬草が育てられているのって、なんだか素敵でしょ?」 「いいね。奈良時代からあるってのがさらっと言えるのが、奈良のすごいところだよね」 「それそれ。あ、そうだ。鑑真和上を祀っている唐招提寺の薬草園はかなり本格的に整備されているんだけど、よかったまた行きましょうよ」 「いいね。ぜひぜひ」  境内は少しこじんまりしているが、等間隔に吊るされた釣灯籠には細かな装飾が施されていて、写真に残したい気持ちを搔き立てる。 「あ、そうだ。薬草のほうの説明をヒロユキさんにしてなかった」 「薬草・・・。薬膳とはまた違うの?」 「うん。薬草のほうは使い方が決まっているイメージが強くて。例えば、切り傷ができてしまったらそのあたりに生えているヨモギの汁を塗ろうとか、アレルギーには紫蘇が効くとか、そんな感じ。いわゆるおばあちゃんの知恵的な伝統的な使い方もあれば、メディカルハーブのようなしっかり成分が分かった上で使われるものもあったりとか」 「なるほど。まぁ、勉強して、使ってみて、覚えていかなくちゃって感じだよね?」 「まぁね、そうだよね。薬草も薬膳もいずれも、効く・効かないはその人に合う合わない的なところがあるから、自分と波長の合うものを探っていく感じかなぁ」 「それって、好きな音楽を探すのとめっちゃ一緒やん笑」 「あ、本当だ!」 「ね」  薬園八幡神社を出て駅へと向かう道すがら、葵は何か新しいことができそうな感覚に浸っていた。私にとって花言葉ナイトのイベントに次ぐ、二つ目の企画。薬草と音楽。でも・・・まだハッキリとしたアイデアにはならない。 「ねぇ、ヒロユキさん。薬草と音楽で何かできそうな気がしているんだけど、まだ思いつかなくて。なので良かったら、まずは教え合いっこしませんか?」 「教え合いっこ?」 「うん。私が薬草のことをヒロユキさんにお伝えするので、ヒロユキさんは音楽の秘密を私に教えてくれるって感じで。そんな風に話をしていく中で、何か面白いことが浮かんで来たらいいなって思って」 「めっちゃいいやん、面白い。やろうやろう」 「あ、でも・・・」 「ん?」 「もし彼女さんとかいらっしゃるなら、あれかなと思って・・・」  葵のその言葉に、ヒロユキは一瞬、顔を曇らせた。しかしすぐに気を取り直して葵に笑顔を向ける。 「大丈夫。今はいないから、大丈夫ですよ。・・・あと、ちょっと嫌なことがあって、少しだけ女性アレルギーにもなっちゃって」 「そうだったんだ・・・変なこと聞いてごめんなさい」 「そんなそんな。葵さん、何も悪くないし」 「うん・・・ってあれ?と言うか、私も女なんですけど。私は大丈夫なの?」 「あ、ほんとだ」 「え?もしかして、女として見られてない?私、失礼なこと言われたんじゃないの笑」 「ごめんごめん。葵さんって何だか安心できる人みたいで」 「いやそれ、全然フォローになってないから笑」  肩でドンとヒロユキに触れて、ヒロユキはごめんごめんと笑う。  少しじゃれあいながら葵は、何だか波長の合う人、だと思った。波長が合う薬草、波長が合う音楽を探すだけじゃなくて、波長が合う人を探すことも人生には必要なんだなぁと思う。  二人はまた、次の日曜日に話の続きをすることとした。
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