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日曜日の午前。休日のため店の半分は照明が消えているときじく薬草珈琲店ではあったが、奥のテーブル席では賑やかに音が鳴り響いていた。明日香が大人たちを前にピアニカでチューリップを披露しているのだ。
でも、『どのはなみても』の部分に差し掛かると、やっぱり手が止まってしまう。
「ここ、手が変になるの」
その日は薬草のことを琴音と葵から学ぶために店に来たヒロユキだったが、一通り話を聞いた後で、少しだけ明日香のピアニカを見ることになった。
明日香はヒロユキをじっと見つめて、ヒロユキも発言しようとしたが、その前に葵が口を挟む。
「ここのところから薬指を使ったら、『みて』のところで小指を使えるでしょ?明日香ちゃん、ちょっとピアニカに息を吹き込んでくれる?」
明日香はフウと息を吹き込み、葵はピアニカの鍵盤をたたいてみせる。
「そうするの?」
「うん、明日香ちゃん、やってごらん」
明日香は葵の指使いをまねて、ピアニカを弾いてみた。するとすぐに、これまで躓いていた部分をスムーズにクリアしてしまった。
「葵ちゃん、弾けた」
「明日香ちゃん、上手いね。弾けるようになって良かったね!」
「うん!」
そのやりとりを笑顔で見守っていたヒロユキが少し目を見開きながら葵に声をかける。
「葵さんって、ピアノやってたの?」
「うん。小学生の時までね。いわゆる教育の一環ってやつ?」
「なるほどね笑」
しばらく葵とヒロユキで会話が続いていたのだが、急に明日香が立ち上がって、ヒロユキの方に指をさす。
「あたし、このお兄ちゃん、嫌い」
突然の嫌い宣言に二人は面食らった。葵は慌てて明日香に問いかける。
「明日香ちゃん、どうしたの?」
「だって、葵ちゃんと仲良くするんだもん」
そういうことか、と、葵とヒロユキは笑う。あ、そうそうと、思い出したようにヒロユキは椅子の上に置いてあったケージをテーブルの上にのせて明日香の見える位置に置いた。ただ、布がかぶさっていて中身は見えない。
「ね、明日香ちゃん。この中に何が入ってると思う?」
「知らない」
相変わらず、明日香の反応は冷たい。
が、ヒロユキは気にせず、布を取り除いた。すると、その中には可愛らしいハリネズミの姿が見えた。
「これは何?かわいい」
「これは、ハリネズミ。名前はリネ君だよ」
「リネ君。かわいい」
ヒロユキに憤りを感じていたことなど忘れてしまったかのように、明日香は目の前の可愛い生き物に夢中になった。改めて、葵とヒロユキは顔を見合わせて笑った。
「この子は、僕の父が亡くなったその年に来た子なんです。だから、父の生まれ変わりだって僕は思ってるんだ」
「そうなんだ・・・」
葵はヒロユキの秘密を一つ知れて、嬉しい気分になった。と、テーブルの傍に静かな気配が。
「はい。お二人さん、スギナ珈琲ですよ。詳しくは葵ちゃんに聞いてね」
ちょうど琴音が淹れたてのスギナ珈琲を持ってきたので、流れるようにその話題に移る。明日香はピアニカのことはさておいて、リネ君に夢中だ。
「このスギナって植物は3億年前から生き続けている植物なんだけど、それだけで尊いでしょう?」
「へぇ。なんか、生命エネルギーがすごそう」
「まさにそれ。で、利尿作用が強いから、むくみがあったりお腹が水っぽい時には私も良く飲むんです。梅雨の時期とかね。ほろ苦いので、濃いめのブラックにも良く合うんだよね」
「なるほどねぇ」
「でも、長期服用するとビタミンB1欠乏症になるかもしれないと言われているので、ご注意を。どんな薬も、飲みすぎたら毒になるんです」
「なるほどね、良い薬も飲みすぎたら毒になる。覚えました」
「そうそう」
そんな感じで、日曜日午前の時間は流れていった。
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