第二章「花言葉の言霊」

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 土曜日、ランチタイム。 「葵ちゃん、こちら1番テーブルさんにお願いね。あと、もうすぐ2番カウンターさん分もできるから」 「はい、了解です」  葵はお盆にコーヒー2杯分を載せ、狭い店内を移動する。1番テーブルの客は若いカップルだ。楽しそうに談笑しながらランチ後のコーヒーの到着を待っている。 「お待たせしました。こちら、女性の方のエキナセア珈琲です。こちらは、男性の方のクマザサ珈琲になります。」葵は丁寧にソーサー部分を持ちながら、それぞれのコーヒーを配膳する。 「ありがとう~。・・・あの、店員さん。このエキナセアって何でしたっけ?さっきも聞いたんだけど、忘れちゃった笑」女性客が問う。 「あ・・・はい。メディカルハーブの領域で、エキナセアは免疫を活性化させる薬草だと言われています。特に、白血球を増やすのが得意なんです。」葵は最大限の笑顔でそう返答する。 「お前さぁ、それ、さっきも店員さんが説明してくれてたやん。店員さん、すみませんねぇ、こいつ、どう思います?アホでしょ?」と、男性客。 「アホ言うやつがアホやろ笑。お前もクマザサのこと覚えてんのか?」 「抗がん作用やったっけ・・・あれ?やべっ笑」 「お前もアホやん笑」  と、この時点で葵の許容範囲を超えはじめていた。体内でお湯がぐつぐつと煮えたぎってきている感覚。教科書通りの答えを説明するのはパーフェクトなのに、他愛のない雑談がまったく無理だった。偏差値の高い大学を卒業したのに何気ない日常会話にすら対応できないとういギャップが、自分自身を苦しめる。 「でも店員さん、そのメガネ可愛いね。めっちゃ似合ってるやん~」女の子は目に映ったものにすぐ反応するタイプだったようだ。「人への気遣いがすごいできる感じ。絶対、店員さんの彼氏とか、幸せな日々を送ってるわ~」 「おい、店員さん、困ってるやろ。店員さん、すみませんねぇ。忙しいのに、こんなしょうもない会話につき合わせてしまって」  もう無理だった。沸騰したお湯が蒸気となって、ケトルの内部を高圧で満たし、その口から勢いよく飛び出していくような感覚を感じる。葵は「いえいえ、ごゆっくり」とひきつった笑顔で返事を返し、カウンターの内側へと急いで戻った。2番カウンターの配膳は、もう、済まされていた。  心臓がバクバクする。涙はなんとか堪えたが、本日の体力ゲージはほぼゼロまで減ってしまった。特に、自分の弱点の象徴であるメガネの話題と彼氏の話題になると、どこかの異世界へと昇天してしまいそうだった(葵に付き合っている人はいなかった)。それがたとえ、好意に満ちたものであったとしても。  店長の琴音のほうを向くと、彼女はマイペースに料理の準備を進めている。琴音さんは優しいんだけど、深く踏み込んでこない。たぶん琴音さんは、人間への関心がちょっとだけ薄いんだろうな。だから逆に、私にとってこの店は心地が良いんだよなぁと葵は思う。客に関しても、基本的には静かな客のほうが多かった。
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