食用天使

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 唐突だが、少し俺の身の上話をさせてほしい。俺は、クローン人間だ。そして、俺の元になった人間は凶悪犯罪者だ。生涯で二百三十二人の人間を殺害して死刑になった。  この施設は、犯罪者のクローンを、もとになった人間の刑に応じて強制労働させるためにある。少子高齢化かつ学歴社会のこのご時世、どこの工場も労働者の確保が難しかったため、この『受刑者クローン刑』は革新的な発明であった。  ちなみに、俺の刑期は残り八百十年。記憶を引き継いで、もう何十回も人生を繰り返している。  灰色の建物の中に閉じ込められて、ただ労働するだけの人生だが、それでも唯一の楽しみはあった。  薄汚れた作業服のポケットの中、手を突っ込んでつるつるのプラスチック袋を取り出す。俺の宝物だ。  看守が食堂のゴミ箱に捨てていったお菓子の包み紙、そのオモテ面に満天の星空の絵が描かれている。拾ったときにかすかにした甘い匂いは消えて、今は俺の汗の匂いが染みついている。  藍色の美しい空に、キラキラ光る星々。俺が生まれてから一度も見たことのない、そして一生見ることのできない景色だ。だが、俺はかつてこの景色を。  このお菓子の包み紙を見ていると、その『記憶』を思い出すことができる。仕事終わりに、バルコニーから見上げた満天の星空の美しさ。夜風の心地よさや、殺した人間の血の匂いまで思い出させてくれた。
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