天使の落とし物

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「失礼しました。それは私ではお役に立てませんね」 「はい。なので、私はこれで失礼します」  そう言いその場を去るとき、何故か私の脳裏に男性の笑い顔が思い出され、頬がほんのり熱くなる。  理由はわからない、でも、その日はずっとあの男性のことが脳裏にチラつき探すことに専念できなかった。  私の落しものは、私にしか見つけられない。  そして、この世界のどこかに必ずあると大天使様は言った。  だが、人間界に来て数日経つのに手がかりすら見つからない。  実は私自身にも、その落しものがどんなものかわかっていない。  自分が落としたものを自分が知らないなんて可笑しなことかもしれないが、あの男性は笑っていた。  口ぶりも、何か知っているような感じだったと今更気付く。 「明日、また会えるだろうか……」  その日も見つからないまま翌日を迎え、私は傘を手に今日も探す。  だが、いつもとは違う。  普段は地面を探すばかりだが、今日探すのはあの男性。  家はこの近くと言っていたからここにいれば見つかるだろう。  そう思っていたのが今から9時間以上前。  天使にとって時間の流れなどあっという間だが、今は人間の姿をしているせいか時間が長く感じる。  このベンチに座り続けているせいでお尻が痛くなってきた。  それに、少し肌寒い。  人間は、夏は熱く冬は寒いと聞くが、秋でこんなにも寒いとは思わなかった。  考えてみれば、今私は天使ではなく人間。  身体の作りも人間そのものになっている。  あの時男性に傘を貸してもらわなければ、私は風邪という人間界でのウイルスにかかっていたかもしれないのだと思うと感謝しなければならない。  風邪など引いていれば探すどころではなくなっていただろう。  私の最初からの態度はお世辞にもいいと言えたものではない。  丁寧な言葉で話してはいたものの、言葉は私の口から冷たく発せられていた。 「私は、何を考えているんだろう……」  今までこんなこと気にしたことはなかったのに、私はどうしてしまったのか。  この寒さと長い時間に可笑しくなってしまったのか。 「こんな薄着で何をされているんですか」  声と共に先程までの寒さが和らぐ。  私の肩には羽織が掛けられており、顔を上げるとずっと探していた男性の姿が瞳に映る。  心配そうな視線は、風邪を引いていないかと尋ねたときと同じ表情。 「貴方を待っていたんです」 「今日は仕事が休みで外には出ていなかったので……。いったいいつからここに?」 「朝の九時です」  その言葉に男性は驚く表情を見せ、私の腕を掴むと近くの喫茶店へと入った。  男性は私の分の珈琲も注文すると「ここで温まりましょう」と言う。  運ばれてきた珈琲を飲むと、全身が温まる。  寒さと温かさ、両方を初めて知った瞬間だった。 「私に何か用事があったのではないですか?」 「はい。私の落しものなんですが、貴方は何か知っている口ぶりでしたので」  だから教えてもらいたいと言えば、男性は少し困ったように笑う。  やはり知らないのだろうかと視線が下に向く。 「説明が難しいですが、それはすでにあなたの中にあります。そして沢山経験して得るものです」 「経験……。どんなことをすればいいんですか?」  体を乗り出して男性に尋ねると、男性はクスクスと笑い出す。  頬がまた熱くなり私は椅子に座り直すと視線を下に落とす。  よくわからないが、顔が見られない。  そんな私の耳にそっと届く言葉は、私の落しものを見つける手がかりになる。 「感情というのは、ひとりひとりが拾い集めて作られるんですよ」  その言葉の意味はまだわからない。  でもきっと見つかるのだと思えた。  少なくても、この男性の側にいればきっと――。 《完》
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