スケッチ1 かわいそうな駅と不思議な坂

1/1
前へ
/31ページ
次へ

スケッチ1 かわいそうな駅と不思議な坂

 かわいそうな駅というのが世の中には()る。駅名をきちんと覚えて(もら)えず、東京駅から三つ目の所、横浜の隣の駅、終点の二つ手前、(など)としか記憶されない駅だ。私の高校は、そういう気の毒な駅が最寄り駅だ。  駅員は(ほとん)ど見掛けない。無人駅だと信じ込んでいる人も居るが、()れは正しくない。私は今迄三度(ほど)駅員を目撃した事が有るからだ。四葉のクローバーではないので幸運が訪れたりはしない。  高校の所在地は一応東京都の中だ。と()っても()なり辺鄙(へんぴ)な場所である為、東京という感じは全くしない。コンクリート・ジャングルを想像して貰っては困る。(もっと)も今年建ったばかりの高層ビルよりも樹齢二十年以上の樹木の方が遥かに人々の役に立っている(わけ)だから、立派な土地だ。価値の有る地域だ。(ただ)し少々価値が有り余っている(よう)な気もする。  駅には出口が一つしか無い。新宿駅の様に何処(どこ)の出口に向かえば良いのか悩む事は無い。単純に出来(でき)ている。けれども駅から学校迄の道は厄介(やっかい)だ。坂を(のぼ)ったり()りたりの繰り返し。奇妙な事に、往きは(のぼ)りが多く感じられ、帰りは(くだ)りが少ない気がするという不思議な道だ。  冬でも汗を()き、夏は熱中症の危険度の増す坂を歩いて行くと、私達の高校の前に出る。普通、目的地に辿(たど)り着いたら、「此処(ここ)か」と一安心する(はず)だが、うちの高校は其処(そこ)が違う。「此処か?」と首を(かし)げる。飯和台(いいわだい)女子高等学校と判り易い看板を(かか)げれば良いものを、態々(わざわざ)門には飯和臺女子髙等學校と旧漢字で表記されている。(しか)も何処かの書家(しょか)が気取って崩し字で揮毫(きごう)した為、益々(ますます)判り(にく)くなっている。表札だの看板だのは楷書(かいしょ)で書くものだろう。(おのれ)の技を見せびらかそうとするから混乱を招く。困ったものだ。其の所為(せい)かどうかは分らぬが、地元の人達は飯和台女子高校とは呼ばず、「メシは大好き高校」と呼ぶ。食べ(ざか)りの女子に相応(ふさわ)しい名称ではあるね。  校門の横には看板が在る。何て書いて在るかと云うと「猪に注意!」。女子高の脇に在る看板ならば、「痴漢に注意!」と(したた)められていてもおかしくないと思うのだが、まあ、そういう所なのだろう、此処は。  
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加