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スケッチ1 かわいそうな駅と不思議な坂
かわいそうな駅というのが世の中には在る。駅名をきちんと覚えて貰えず、東京駅から三つ目の所、横浜の隣の駅、終点の二つ手前、等としか記憶されない駅だ。私の高校は、そういう気の毒な駅が最寄り駅だ。
駅員は殆ど見掛けない。無人駅だと信じ込んでいる人も居るが、其れは正しくない。私は今迄三度程駅員を目撃した事が有るからだ。四葉のクローバーではないので幸運が訪れたりはしない。
高校の所在地は一応東京都の中だ。と云っても可なり辺鄙な場所である為、東京という感じは全くしない。コンクリート・ジャングルを想像して貰っては困る。尤も今年建ったばかりの高層ビルよりも樹齢二十年以上の樹木の方が遥かに人々の役に立っている訳だから、立派な土地だ。価値の有る地域だ。但し少々価値が有り余っている様な気もする。
駅には出口が一つしか無い。新宿駅の様に何処の出口に向かえば良いのか悩む事は無い。単純に出来ている。けれども駅から学校迄の道は厄介だ。坂を上ったり下りたりの繰り返し。奇妙な事に、往きは上りが多く感じられ、帰りは下りが少ない気がするという不思議な道だ。
冬でも汗を搔き、夏は熱中症の危険度の増す坂を歩いて行くと、私達の高校の前に出る。普通、目的地に辿り着いたら、「此処か」と一安心する筈だが、うちの高校は其処が違う。「此処か?」と首を傾げる。飯和台女子高等学校と判り易い看板を掲げれば良いものを、態々門には飯和臺女子髙等學校と旧漢字で表記されている。而も何処かの書家が気取って崩し字で揮毫した為、益々判り難くなっている。表札だの看板だのは楷書で書くものだろう。己の技を見せびらかそうとするから混乱を招く。困ったものだ。其の所為かどうかは分らぬが、地元の人達は飯和台女子高校とは呼ばず、「メシは大好き高校」と呼ぶ。食べ盛りの女子に相応しい名称ではあるね。
校門の横には看板が在る。何て書いて在るかと云うと「猪に注意!」。女子高の脇に在る看板ならば、「痴漢に注意!」と認められていてもおかしくないと思うのだが、まあ、そういう所なのだろう、此処は。
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