第四章 求婚

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 一人の地味な女性がいた。三十代後半だろうか。黒髪に黒縁眼鏡で、ボーダーのカットソーにデニムのロングスカートをはいていた。手には華やかな和紙で作られた表紙の御朱印帳があった。  ガラスを開けると、女性はそれを差し出す。 「御朱印帳をお願いします」 「お預かりいたします」  紫緒は受付帳に名前を書いてもらい、引き換えの番号を渡す。  女性は頭を下げて参拝へと向かった。  御朱印帳は彩陽が書いてくれるので、渡す。  彩陽がさらさらと筆を滑らす姿はかっこよくて見とれてしまった。 「なに見てるの」  視線に気付いた彩陽にきつく咎められる。 「すごいな、と思いまして」 「そのうちあなたもやるのよ。ぼけっと見てないで、学んで」 「はい」  紫緒は顔をひきつらせた。  書道なんて学校の習字でやった以来、やったことがない。  彩陽は最後に朱で印を押して仕上げた。 「おいでになったらお渡しして。私は御祈祷の準備に行くから」  彩陽はそう言って退室した。  今日は警察署の署長を迎えての交通安全祈願だ。  すでに先に絵麻が準備に行っている。 「彩陽さんは御朱印のために書道を習って、今は師範の資格も持つほどの腕なんだよ」  こそっと紗苗が教えてくれた。
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