6人が本棚に入れています
本棚に追加
「引き留めてしまって申し訳ありません。また明日」
千暁が言い、紫緒は頭を下げた。
玄関に消える千暁のうしろ姿もまた美しかった。
夜、お風呂を出たあとのことだった。
髪をタオルで拭きながら歩いていると、リビングのカーテンを閉め忘れていたことに気が付いて、掃き出し窓に近付いた。
窓からは暗い夜空が見えた。空には月があり、清冽な光に千暁を連想してしまった。
その光を浴びたくなって窓を開けると、人影が見えた。
母屋と共有している庭に紺色の袴姿の千暁がいた。木刀をふるっている。
動きが美しかった。普通の剣道ではない動きのように思えた。
流れる水のようになめらかで、舞を舞うようにも見える。
視線に気付いたのか、千暁が手を止めて紫緒を見た。
紫緒が会釈をすると、千暁は歩いてこちらに向かって来た。
紫緒は慌てた。風呂上りですっぴんだし、ノーブラでTシャツに短パンというラフなかっこうだったから。
髪に巻いていたタオルを首にかけ、胸を隠すようにした。
「こんばんは」
千暁が穏やかな笑みで言う。その顔には汗が浮かんでいた。
「こんばんは。なにをなさってたんですか?」
「我が家に伝わる古武術の鍛錬です」
「こぶじゅつ?」
「明治より前に生まれた武術です。刀を使うものも体術もあります。ほかの武術と違ってルールがないんですよ」
「そうなんですか」
そうとしか答えようがなかった。武術には興味がなくて、なにも知らない。
最初のコメントを投稿しよう!