私のエンディング

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私のエンディング

 きっかけは祖父の遺品整理で見つけた一冊のノートだった。タイトルのない市販されていたであろう古びた一冊ノート、それを開いた時に愕然とした。 『―――このまま私は一人で死ぬことになるだろう。親類はいないがその時が来た時に迷惑を減らすために、私のことをこのノート書き残しておこうと思う』  最初に書かれているのは祖母の氏名、生年月日、住所、本籍地、血液型、家系図など個人情報と呼ばれるものの羅列から始まり、知り合いの名前と連絡先、銀行口座や保険などの契約的なもの、そして葬儀や墓についての要望まであり、まるで死んだあとにそこへ連絡してください、こうしてくださいと言わんばかりの内容だった。 「……重過ぎるよ。お婆ちゃん」  一冊のノート、そこには祖母の人生で築いてきたが全て詰まっているようだった。―――後で調べたところ、それはエンディングノートと呼ばれるものとわかった。 「ここがお婆ちゃんが最後に行きたい願った場所で、おじいちゃんと出会った場所」  私はそのエンディングノートに記された”死ぬ前に一度は訪れたい場所”であると共に、家族で何度か訪れたこともある海の見える丘へと足を運んだ。 「……そして婚約者が亡くなった軍艦が眠る場所か。そう考えるとお婆ちゃんの婚約者がお爺ちゃんと引き合わせたみたい」  当時は戦時真っただ中。結婚の約束をした二人が赤紙によって引き裂かれるなど日常茶飯事で、お婆ちゃんたちもそうだったらしい。その辺りのことは別の日記に書いてあった。私はノートに書いてあったお団子屋と同じ名前のこじゃれた茶屋で団子を注文し一休みすることにした。 「老舗のお団子は美味しいねぇ~」 「へー、あんたここらじゃ見ない顔なのに老舗ってわかるのか? ネットにもこの店の昔のことは書いてないのに」 「うおわぁっ!」  独り言で喋ってるのを聞かれて背後から話しかけられるとは思っておらず変な声で返事をしてしまった。後ろに立っていたのはTシャツの良く似合う爽やかな男性だった。 「……こほん。ふぅ~、びっくりしました」 「あははっ、慌てた姿を見せた後にそれはギャグなのかな?」 「いたって真面目ですよ? とにかく、―――忘れてください」 「で、なんでこの店を知ってるの? 詳しく聞きたいんだけど」  しつこく聞いてくる彼はこのお団子屋の息子らしく、私は祖母のエンディングノートについての話した。祖母もこうしてお団子を食べている時に祖父に話しかけられて二人は恋に落ちていったのだが、その辺りの事は省いて説明した。 「うちの団子で死ぬのを思い止まった人がいたのか。聞かせてくれてありがとう。あとでうちの爺ちゃんたちにも教えてあげようかな。天国できっと喜んでくれるだろうし」 「そうですね。私は直接聞いたことはありませんけど、お婆ちゃんもお爺ちゃんもきっと感謝していたと思います」  お婆ちゃんが大切にしていたこのノートに記した店で、お爺ちゃんもこのノートを大切にしていたのだ。感謝していないわけがないと思った。 「ねえ、ところでそのもう一冊のノートは何? そっちのと違って随分と新しいみたいだけど」 「……聞かない方がいいと思いますよ? って言っても聞きたいと答えるのがこの数分でわかりましたから答えますけど、私のエンディングノートです」  目敏いなと思った。鞄に仕舞ってあった私の持ってきた二冊目のノート、それは私自身がお婆ちゃんに倣って書いたものだったから。 「それはキミは死にたいから書いたの?」 「いえ、いつ死んでもいい様に、そして思い残すことがない様にやりたいことを書き出したものです。両親ももういませんので、ふらりと死にたくなるかもしれませんから」  自殺をしようとしていると騒いで止めようとしてこないのは少し会話しただけでわかったからでしょうか。私は彼にしなくていい身の上話を始めてしまいました。けれど、それを彼は頷きながら聞いてくれます。 「それ、見せてもらってもいい?」 「お婆ちゃんは達筆でしたから読めるとは思えませんけど……」 「ううん、違う。僕はキミのエンディングノートが見たいんだ。他にもこの辺りで行きたい場所の事が書いてあったら案内してあげるよ」  彼の提案は少し魅力的で、昔だったためか抽象的なお婆ちゃんのノートから私が目星を付けた場所に連れて行ってくれるというのだから乗ってもいいと思い私の方のノートを渡した。 「ありがとう。どれどれっと……」 「行きたい場所を書いたのはもっと先よ。―――って、何よ」 「いや。可愛い名前だなと思ってね」  ノートを受け取り最初から読み始めた彼はニヤニヤとして私の方を見てきたので理由を問い質すと予想外の返事が返ってきた。慌てて奪う返そうとしたが背中を向けてそれを阻止されてしまう。エンディングノートは私の名前などの個人情報から始まっているのだ。さすがに住所などまで教える気はなかったのに知られてしまったと後悔した。 「まあまあ、お礼にこことここは分かるから連れてってあげるよ」 「……当然です。これでどこも分からないとか言われたら張り倒すところでした」  それから祖母の思い出と、私の祖母との思い出が入り乱れる町を手を引かれて歩き回った。変な奴に絡まれたなと思ったが、存外に楽しかった。―――もう思い残すこともないように感じた。 「ありがとう。いい思い出になったわ」 「それじゃあ、このノートは返すけどこの町でやり残しがないかもう一度確認してみてよ。見落としがあったら僕も目覚めが悪いし」 「……たしかにそうね。確認は大事だわ」  私は返されたノートをパラパラと捲る。お婆ちゃんと同じでこの町でしたいこと、行きたい場所を最後のページにまとめていたのだけれど……。 「―――っ!!!」 「エンディングノートって聞いてさ、キミと話してるの楽しかったし、君のノートに僕との思い出をもっと刻んでほしいなと思って書き込んじゃった(笑)」  それは祖母に対して祖父が行ったことと同じで、エンディングの引き延ばし、ゲームで言えば実はプロローグでしたみたいな展開への強引な加筆修正だった。 「そう。私は散々死ぬ気はないといったはずだけど?」 「けどもう生きる目的もないんでしょ? なら二人で探そうよ。その方が面白そうだし」  今日あったばかりの私にここまで入れ込むなんてまったくもってバカだなと思った。けれど、彼に話しかけられたのは運命だったのだろう。祖父と同じことをする彼に対して祖母と同じように私はこの人に恋をし、―――今日から最期を迎える瞬間まで共に人生を歩むことになったのだから。  私のノートもきっとこの人は自分が死ぬまで大切にしてくれるだろう。だってそれは私の築いてきた人生と、私たちが築いてきた思い出が詰まっているのだから。  『私を大切にしてくれた彼に私のノートを託す』と最後のページに記して、私のエンディングノートと共に人生は最高のエンディングを彼のおかげで迎えたのだった。
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