9話 夜勤明けの楽しみ

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 空はもうすでに明るくなっている。  私は今、特別養護老人ホーム「愛ライフ」で離床介助の真っ只中にいる。長かった昨夜からの夜勤もこの作業で終わりだ。早番の人が来てくれる時間まであと十分を切っているし、だから頑張れ私!なんて自分を鼓舞しながらやっていると、同僚からのヘルプを求める声がした。 「大変!橋本さんが一人でトイレに行っちゃった!」  橋本さんとはホームの利用者で、歩行が少し困難なため転倒のリスクがある。だからトイレなどの移動の際には一緒に付いていないといけないのだ。 「分かった。私が行くから美弥ちゃんはこっちの準備の続きをお願いね」  私は同僚の美弥ちゃんに返事をすると、すぐに作業を中断してトイレへと向かった。幸いにも橋本さんは無事にたどり着いていて、一人で用を足していた。  ほっと一息ついた私は、橋本さんが部屋に戻ったのを確認してから元の現場に戻った。  夜勤はどうしても少ない人手で対処しないといけない。だからか、最初はあまり交流のなかった子とも、トラブル含め協力して働くうちに打ち解けていく。今回のパートナーである美弥ちゃんとも大分仲良くなった。まあ今日みたいなヘルプは減らしてほしいけど。  そんなこんなで少しだけ残業した私は早番の人に引き継ぎをして、ようやく帰宅することが出来た。 「今日はありがとう、香澄さん」  帰り際に美弥ちゃんからお礼を言われた。 「大丈夫だよ。お疲れ様、美弥ちゃん」  私は笑顔で答えて、職員用の駐輪場へと向かった。  時間は午前九時を回ったところ。私は疲れた体に鞭を打って自転車を漕ぎ、開店したばかりのスーパーに寄った。そして昨日の売れ残りであろう半額になった惣菜を見繕って買い物カゴへと放り込む。今日はチラシのない日だからか、スーパーの中には常連であろうお婆さんが何人かしか見当たらない。とりあえずこれでいいか、とレジに向かう。このお店はたくさんのレジがあるけど、開店したばかりだから店員は二カ所だけに立っている。  清算を済ませた私は、再び自転車に跨るとアパートに向かった。電動じゃないため坂道がきついけど、途中で立ち漕ぎをしながらどうにかアパートにたどり着いた。自転車を降りて敷地内に入っていくと、アパート一階の扉が開いて若い男性が出てきた。大学生だろうか、私に気づいた彼は「あ、おはようございます」とお辞儀をしてから道路へ出て歩いて行った。  いかにも学生といった先程の男の子を思い出しながら「若いなあ」なんて苦笑して階段を上っていく。そしてそのまま部屋へとドアを潜った。  『ハイツ小早川』二階、二〇一号室が私の部屋だ。  ・・・あ、ダメだ。  部屋に着いた安心感からか、猛烈な睡魔に襲われた私は服を脱ぎ捨てて下着姿のままベッドへとダイブした。
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