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「オラッ! 起きんかいっ!!」「水ぶっ掛けろっ!」「叩き起こせっ!!」
怒号が飛び、椅子に縛られた派手なシャツを着た今時見ないような見事な大仏パンチの男にバケツの水がぶっ掛けられる。男はそれでも一切動じなかったが、ぶふっと咽せるような咳をして顔を左右に揺らした。
男の顔はパンパンに腫れ上がり血まみれだった。
相当前から暴行を受けているのが分かる。血塗れの顔には彫り込まれた無数の刺青が見える。どうやらヤクザものではないようだ。
ヤクザは行動し辛くなる為に、無駄に目立つのを嫌うからだ。
怖いが、悪いか悪くないか分からない位が丁度いい。
分かり易く顔に刺青などしない。刺青は服の隙間からチラッと見せて、無言の脅しに使うもんだ。
部屋の薄明かりを、男の顔から出た脂と汗と血の混じった物が、ぬらぬらと反射させた。
部屋中が臭い。なんとも言えない臭さだ。まるで獣の檻の中にいるようだ。
人は極度の緊張や興奮をすると、体内から異様な臭いを発する事がある。
まさにこれがその臭いだ。
興奮した悪い男達の体内から発せられた臭い。まさに悪臭である。
広い室内のその一箇所だけが、熱く熱を帯びていた。
未舗装の土むき出しの床。埃の積もった錆びついた工作機械。
不衛生で、陰鬱な湿った空気に満たされたその場所は、東京近郊に在る街外れの廃工場だった。その中では拷問という名の地獄の宴が、数時間前からヤクザ組織 竜黒一家により繰り広げられていた。
そんな中で涼しい顔をして、香水の良い匂いをさせた男が1人……。
「ハサミ持ってこい?」
それは組長の黒木竜雄だった。
組長という割には若い見た目をしていた。実際に黒木はまだ28であった。ブランド物のスーツを小洒落た感じに着こなし、ちょっと厳ついがやんちゃなタイプのベンチャー企業の若社長という感じにしか見えない。
「指でも詰めるつもりかっ!? そんなもんじゃ、何本詰められても吐かねえよ?」
男は笑った。男は相当の拷問を受けてはいたが、その心はまだ全く折れていなかった。ヤクザではないが相当の修羅場を潜って来た猛者なのだろう。
周りを囲む男達の中には、この椅子に縛り付けられた何も出来ない男の気迫に気押されている者さえいるのが、僅かに聞き取れる様な息遣いから感じられた。そういう僅かな敵の自分に対する畏怖が、男にまだ俺はやれるという力を与えた。
「組長、持って来ました!」
「持って来ましたじゃねーよ?」
黒木は意味もなく突っかかる。
「はぁ? ……すいません」
柏木は幹部であるのに理不尽な対応を取られたが、怒るどころか不満な顔さえしない。それ程、黒木は畏怖されているか? カリスマ性があるか? もしくはその両方か?
「そんなにしょぼくれて、謝るこたぁねえよ? さぁ、早くコイツのチ○ポ切れ。切り落とすんだよ?」
「え?」
「え? じゃねぇよっ! イライラすんなぁ! テメーのチ○ポ先に落とすか!?」
「——いえっ! 直ぐにやります!!」
さっきまで余裕を見せていた男の顔色が変わる「——言うよ! やめてくれよ!?」
男は黒木の事を良く知っていた。中学の時から有名だった。地元の暴走族の幹部をしていた高1の時に1度見た事があるが、その時はたった1つ上のこの男が怖くて倒さなくてはならない敵だというのに、自分の存在を気付かれる前に逃げた。
喧嘩には自信があったが、負けた時が恐ろしかった。だから逃げた。
コイツはハッタリで脅したりしない。やると言った事はやる。
組を持って落ち着いたと聞いていたが、変わっていなかった。
「焦んなって。時間はまだある。落としてから、続きは聞く」
「えっ!? やめてくれって———」
「あっそうだ? ——竿だけ落とせよ? 金玉は残して置け」
「え? どうしてですか?」
「希望だよ希望。玉があれば竿だけ整形で再建すればワンチャンあるかもしれない。希望が無いと拷問は意味を為さない」
「……。」
「何やってんだよ! 早く切れよ!」
「いやあ、なんか、自分の股間がもぞがゆくて……。」
「代わってよ? ボクがやるから——」
そう背後から聞こえて、闇の中から小さな人影が歩み出て来た。
そいつは、ずっと工場の隅に積まれた机の上から遠巻きに様子を見ていた。黄色いポンチョに黄色いレインブーツ。160cmにも満たない。フードを取ると黒いボブヘアーが揺れた。まだ少女だった。
丸い顔に猫の様な大きな目。瞳が右へ左へと変なふうに泳ぐ。柏木には上から目線で喋ってはいるが、どうやら人とコミュニケーションを取るのは得意では無いようだ。人とまともに目を合わす事が出来ないのだ。
「すいません……。チヒロさん」
柏木はそう少女を呼んだ。
チヒロと呼ばれた少女は男の前に立ち、ズボンのチェックを開けてペニスを引っ張り出すと、それピッタリの幅に断ち切りバサミを開いて、箸で持つように挟む。そして優しく口に含むと舌の上で転がした。
「やめろ! そんな事したらっ——!?」
ペニスは当然ボッキし、当然ハサミは食い込んで行く。
男の頭に喜びと恐怖と痛みが並々と注がれて行く。
ああもうダメだ!? 男が絶頂を迎えようとしたした時——。
ザクリッと鈍い音がして
「ぎゃあああああああああああああああああああああ————————————————————ッ!!!!!!!!!!????????????」
男の悲鳴が廃工場にコダマした。
立ち上がったチヒロの口から何かが床に何かがボトリと落ちた。床を叩いたそれは、落ちた瞬間はまだ硬質な音を奏でていたが、すぐに血が抜けてふにゃふにゃと死んだナマコのようになった。
チヒロの唇は僅かに血に濡れていた。ペッ! と口の中の精子を履いて「チ◯コは切っても割に血が出ない」抑揚の無い声で言った。
「さすがすねチヒロさん。この状況で豆知識すか? 代わって頂きありがとうござます!」
「いいよ。柏木友達じゃん。困ったら助けアイだよ。助けアイのアイは愛情の愛だよ?」
「……そ、そっすね。」
柏木は意味が分からなかったが怖かったのでそう答えた。
「うっう……。」
椅子に縛られたさっきまでイキリまくっていた、イカつい大の男が泣いていた。痛みだけじゃ無い。彼の考える男としてのプライド全てを奪われたショック悲しみ絶望後悔そんな物が大洪水の様に胸に去来していた。男は何かボソボソと呟いた「……言う 言うよ。」
「何だ? ここ越えたらもう少し頑張ると思ったのに? 意外だな? 2時間以上も拷問に耐えたのに、急に言う気になった? 玉はまだ切らないぜ? 安心しろよ?」
「どうせアンタらは俺を生かして置く気は無いんだろ? やられてて分かった。金独り占めされて、王さん、いや王だけいい思いさせるのは嫌なんだよ!」
「……。」黒木は蔑んだ目で男を見た。呆れた野郎だが半グレってのはこんなもんだ。まあ、確かに裏切り者は誰1人生かして置く気は無い。「分かった。ちゃんと話したら楽に逝かせてやる。石川シャブ持ってんだろ? こいつにシャブ打ってやれ? 喋りやすいように痛み止めだ」
「いやっ、持ってないっす!?」
石川は焦ったように言う。
「嘘つけ馬鹿野郎。お前がまだやってんの分かってんだよ? 早く出せ?」
「……。すんません」
石川は黒木に嘘をつき通せないと早急に諦め、渋々内ポケットから黒い小さな箱を出した。中には小さな袋に入った白い粉と注射器など薬物使用に用いる一式がコンパクトに纏まれれていた。
「そろそろ本気で、シャブ辞めろよ。仕事で下手打つベタなパターンだぞ? そもそもシャブ打つ自体ご法度なんだからな! 俺らは売る側だ」
「すんません。でも、……無理っすよ。辞めたら俺の生きる楽しみが無くなる。生きてる意味が無いですもん」
「しょうがねえなぁ」と黒木は呆れ「まあ取り合えず早く打ってやれよ」と言うと、雰囲気を変え石川をじっと見据えた。その顔は蛇のようだった。
「わ、分かってるよ組長!? 仕事で下手は打たねえよ」明らかに石川の声は怯えていた。
石川はシャブをスプーンの上で炙り、注射器で吸って男に打ってやる。
「ああ、染み渡る。楽に逝かせてくれるっつーなら、シャブたらふくぶち込んで死なしてくれねえか?」
「そうしてやりたいが、此処にはシャブはもうない。でも一瞬で終わらせてやるよ?」
「ちぇっ。……なんだよ」
「じゃあ、続きを始めるか?」
「ひっ! 言うよ!」
「で、アイツはどこだ?」
「……。知らねえ」
「……。おい続きはじめっぞ!」
「おい待ってくれ! 俺はほんとに知らねえ! もしパクられても口割りようがない様に居場所は教えられてねえ! 王が逃げ伸びられたら連絡が来る様になってる。俺の持ってるSNSのアカウントを教えてあるから落ち合う場所の連絡がDMで来る。アカウントは俺の母ちゃんのスマホからこっそり作ってパス掛けてあるから俺がパクられても警察は分からねえ。母ちゃんの電話番号とパスがあれば他のスマホでも、PCからでもSNSのDMは見れる訳だ」
「そっから、お前が連絡して呼び出せよ?」
「無理だ。俺は王のアカウントは知らねえし、今となっては王がアカウント自体をほんとに作ってるかも分からねえ。完全に切り捨てられた」
「じゃあ、やっぱ拷問再開だな? 無駄な時間取らせたから、時間倍増な?」
「おっ!? おい! 待ってくれって! 俺は知らねえが多分知ってる奴がいる!」
「誰だ?」
「大吾だよ?」
「大吾?」と黒木は考え、思い出したように「ああ、兄貴か?」そう言った。
「兄貴?」
黒竜一家ナンバー2の若頭大熊が聞く。
大熊は竜黒一家が組になる時に、黒木がスカウトした男で組の中では一番年上の35歳であった。昔ながらの真面目なヤクザであったが、真面目すぎてヤクザも経済力が必要な現代では、要領が悪く出世は出来そうになかったが黒木はそこが気に入った。また半グレ集団から組経験を経ずに組を構えるにも、ヤクザ社会を良く知っている奴が欲しかったのも大きい。
「王の実の兄貴だ」黒木は答える。
「そうだよ。王には2つ上に兄貴がいる」
「あいつの兄貴はカタギだろ? 族でも不良ですら無かった」
「ああ、今も八王子の解体屋で真面目に社長やってる。確かに真逆の人生送ってるが、だが2人の兄弟の絆はずっと変わらねえ」
「確かに今回の件には絡んで無くとも、大吾なら知ってそうだ。——大吾に聞きに行くのかよ? 面倒くせえな……。他で知ってそうな奴は居ねえのかよ?」
「かき集めた手下は俺よりも知らねえよ。俺が主犯だと思ってんだから。俺含めて皆んな使い捨ての駒だ」
「そんな素人集団がヤクザの金パクれる訳ねえだろ!」
「素人じゃねえよ。悪には悪の名簿がある。前科者だよ。再就職も出来ずに金に困ってる奴は多いからな。それなりに必要な奴を王が集めた。勿論、その時も王は直せる会ってねえ。王が計画して、俺が指示してやらせ、最後は2人で高飛びって計画だった。——だが、奴は俺を出し抜き途中で実行犯から金を奪って逃げた」
「しかもだ。もう実行犯は1人もこの世にいねえ」
「!? ——バラしたのか?」
「俺じゃねえ。めちゃくちゃなやり方だったよ」
「あんたもニュース見てんなら知ってんだろ? トラックの衝突事故で5人死んで、被害者身元不明、トラック運転してた奴も消えちまったあの——」
「盗難トラックのか?」
「ああ。警察はまだ何も勘付いちゃいねえがな。金が出ねえんだから。逃げてる実行犯の車に、盗んだトラック突っ込ませ、王が盗んだとしか思えねえ。王はあれから行方不明だしな」
「待て、それじゃ盗んだのが確かに王か分からねえじゃねーか? 王が消されてる可能性もある」
「そうだな。だが、俺は王以外もう知らねえ。王以外に誰か居たとしても分からねえ。王も誰かに使われてただけかも知れない」
黒木は少し考え「確かにウチから金盗むなんて、お前らチンピラ風情の考えとも思えねえ。誰か裏にいたか……?」
「とにかく俺に持ち掛けたのは王だから、王本人なら何か知ってるかもな? 生きてればな?」
「鍵は結局、王本人か……。」もうこれ以上男から聞き出せそうな事は無いと黒木は思った「ガキの頃はそれなりに名を売ってた奴だったが。まあ、今はアイツもお前らと同じ、名も無いただのチンピラか。じゃあ、そろそろお別れだ」
「覚えてるか? あんたがリンチした後、車にぶっこんで火を点けた金本先輩——」
「え? 居たっけそんな奴?」
「居ましたよっ!」幹部の菊池が割って入り「その罪被って俺が年少行ったんですよ!」
「ああそうだな。覚えてるよ。仕方ねえだろ? 中一でウチで一番年下だったんだから。ガキな程刑は軽くなる」と笑い「だから菊池お前最年少でウチの幹部だろ? 良い思いしたろ? 俺の事恨んでんのか? 俺の首でも狙ってんのか? なら此処でやるか? 勝ったらこの組お前にやるぞ?」
「いえいえいえっ!! 違いますよっ! おっ俺と組長を繋ぐの素敵な思い出でから、忘れたら困るなぁーって! 事です。あははは」
「ははは。おお、そうだな。兄弟——」黒木はそう笑って、菊池の肩に手を回し肩組みし顔を寄せた。菊池の笑いはヒクついていた。明らかに仲間である黒木に組長である以上にビビっていた。「で? 金本が何んだ?」と男に聞き返す。
「あの人、車椅子になってたけど、今リハビリして杖ついてやっとって感じだけど歩けるようになって働いてますよ」
「良かったじゃねーか。手帳(身体障害者手帳)も貰えたんだろ? あれあるとバスとか安く乗れんだろ? 俺のおかげじゃん」
「……。俺の事気付いたけど、気付かねえ振りをした。俺は真人間になったって顔してたよ。正直、あん時あんなんなってもあっち側に行けんのは羨ましいと思った。次生まれて来る時は、最初から真人間に生まれて来て、あんたらみたいのとは関わらず真面目に普通に俺は生きるたいね」
「無理だね。ヤクザにも真人間にもなれないお前らみたいな半端モンのゴミは、今みてえかゴキブリとかにしか生まれ変われねえ。イキってるだけで根性も思想も無いからな。——柏木そろそろゴミ処理頼むわ」
「待てよ! 俺の名前も聞かねえのかよ!」
「いいよ。お前、俺らになんて呼ばれてたか知ってるか? モブ1だ」
「くそぉっ! テメーッ!!」
柏木はシャツの間から出刃包丁を出す。出刃包丁は、携帯し易いように刀の様な特注の鞘が付けられていた。
「こう、包丁を横にして」と柏木は頼まれもしないのに男に講釈を垂れ出す「下から3番目の肋骨と4番目の肋骨の間を、左15度上に向け刺すんだ。そうすると、心臓に見事に突き刺さる。包丁が入って行く間はちょっと痛いだろうが一瞬で終わるんだよ。そうやって一瞬で締める事で食材の鮮度が——」
「食材……!?」シャブを喰らって勢い付き叫んでいた男は、食材という言葉に青ざめる。
「柏木! 早くしてやれよ! くだらねえレクチャーすんじゃねーよ!!」
「すいません兄貴っ!!?」と言うなり、柏木は男の胸にサクッと柳刃包丁を刺した。そんな軽快な音は実際はしなかったが、それくらい簡単に刺したのだ。そして包丁は柏木の言う通りに骨を避け、心臓を貫き背中に抜けた。柏木は同じようにスムーズに柳刃包丁を抜く。心臓を刺されたわけだから、内部では大出血しているだろうが、綺麗に切られたおかげで出口(傷口)がぴったりと合わさっていて出血は殆どない。
男は一言の叫び声も上げず、ウッと息を吸うように小さく言うとガクッとうな垂れた。
「そいつは中村のオッさんの所に持って行ってハマチにしろよ?」
黒木はそう言うと数名を残しその場を後にした。
ちなみにハマチとは養殖ハマチの餌である。
組員の叔父でハマチの養殖をしている中村という男がいる。その男には借金があり、取立てに苦しんでいた。それを間に竜黒一家が入りチャラにさせた。その代わり遺体処理をさせられる事になった。
出荷前のハマチを入れて置く為の大型冷凍庫で、遺体を凍らせてから電鋸で切断し、粉砕機で粉砕してハマチの餌に混ぜられる。中村は養殖場を運営する為に作った、たかが百万程度の借金の為に永遠に黒木の言いなりになった。
「あいつ拷問より死んだ方がマシなんすね?」
若頭の大熊が黒木に聞いた。
「え?」
「いや、俺なら少しでも命を伸ばして、助かるチャンスを伺うかなぁと……?」
「お前、死ぬほど痛い思いした事ねえだろ? ちょっとじゃねーぞ? ずっとだ。ずーと長い時間。何日もだ」
「はあ? 確かに無いです。喧嘩で脇腹ナイフでえぐられた時くらいすかね?」
「人は覚悟さえ出来れば死ぬのは怖くねえんだよ。だが、継続される痛みにはたえられねえ。死んだ方がマシだと思うようになる」
「組長はあるんすか!? そんな事が——」
「お前痛風になった事あるか? あれめちゃくちゃ痛くて、我慢してりゃいつかは治るんだけどさ、死ん方がマシだとマジで思うぜ?」
「……。」大熊は俺の脇腹と対して変わらねえだろ? と内心思った。
「お前、そんな事くらいって思ってんだろ!?」
「いえっ! そんな事は!!」
「めちゃくちゃ痛えからな! 1回なってみろよ!」
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