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第6.5章 残業の影
宇都宮の東武スローンで、綾野冬樹(30歳)は台所用品売り場の責任者として働いていた。綾野は鈴木亮平に似ていた。彼は、毎日のように「残業予算」の範囲内で業務を遂行するよう指導されていた。しかし、現実は過剰な仕事量が彼を待ち受けており、予算内で終わらせることは不可能だった。
冬樹は、日付が変わる頃に帰宅することが常態化し、心身ともに疲弊していった。マネージャーの怒鳴り声が耳に響き、彼はその声に怯えながら日々を過ごした。仕事のストレスは家庭にも影響を及ぼし、妻との会話も次第に少なくなっていく。
ある晩、冬樹は帰宅する途中で立ち止まった。冷たい風が彼の顔を撫でるが、心の中の不安は消えない。子供の笑顔を思い出し、彼は「明日こそは」と自分を励ました。しかし、翌日も同じように仕事に追われ、サービス残業を強いられる日々が続いた。
2004年3月、冬樹は就寝中に心臓性突然死を迎えた。清野菜名に似た彼の妻は、冷たい体を見て驚愕した。冬樹がどれほど苦しんでいたのか、妻は全く気付いていなかった。彼女は、無残な現実を受け入れることができなかった。
冬樹の死後、妻は遺族として労災申請を行った。彼女は、夫が受けた過剰な労働が原因であったことを証明するために戦う決意を固めた。栃木中央労基署の調査が進む中、彼女は自分自身のため、そして子供の未来のために立ち上がった。
2007年11月、ついに栃木中央労基署は冬樹の死を労災として認定した。妻は安堵しながらも、失った夫を思い涙を流した。しかし、この戦いはまだ終わっていなかった。2010年2月、彼女は東武スローンを相手取り、9100万円の損害賠償を求める訴訟を起こす。
訴訟は長引き、精神的な疲労は増していった。法廷での戦いは、過去の苦痛を思い起こさせ、彼女は何度も弱気になる。しかし、子供のために絶対に負けられないと自分を奮い立たせた。
2013年3月、宇都宮地裁は東武スローンに7837万円の支払いを命じる判決を下した。この瞬間、彼女は深い安堵感を覚えた。冬樹が本来受けるべき待遇を少しでも取り戻したことで、彼の存在を感じられる気がした。
判決を受けた後、妻は自らの経験をもとにパワハラ撲滅の活動を始めることにした。宇都宮での彼女の声は、少しずつ周囲の人々に届き始めた。冬樹の記憶を胸に、彼女は新たな一歩を踏み出し、同じ苦しみを抱える人々を助けるために尽力することを決意した。
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