神の操り人形

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「お前は誰の温情でここにいる?」 「貴方様です」 「お前は私を裏切らないと誓ったな?」 「はい」 「完璧だ。それでこそ私のマリオネット」 「お褒めに預かり光栄です」 薄暗い天界。玉座の上で小さなマリオネットを抱きかかえ、愛でているのは、人間たちが崇め称える神。ホロである。 「私はお前がいないと……」 ホロはマリオネットの頬に、ピンク色の小さな羽を落とし、いっそう強く抱き締めた。 神が一つの存在を特別視するのはご法度だ。誰をも平等に愛してこそ、秩序が保たれるというもの。しかし、ホロはそれを破った。 人々が愛した誉れ高き神は、自身の心に芽生えた新たな感情を、一人の天使に全てを注いでしまったのだ。 「マリアよ、お前は美しい。他の誰よりも……」 幾分か前の事。瞳に熱情を浮かばせたホロは、禁忌とされる感情を一人の天使……マリアへと向けてしまう。 「これは神である私からの命令だ。お前は朽ち果てるその時まで私と共に生きるのだ」 「はい」 まだ少女であるマリアは、ホロの威圧するような目が怖かった。反論を許さないとでも言うように、上から見下し脅威を見せつけてくるのだ。 神に口答えなど出来ないマリアは、心を支配されホロのマリオネットとなってしまう。 秩序が乱れた天界は争いが生まれ、神の寵愛を受けたいが為にマリアを蹴落としてその座を奪おうとする者まで現れた。 しかし、ホロはそれを許さなかった。自身が愛したマリオネットを易々と手放すはずがなかったのだ。 神は自分のマリオネットが愚弄(ぐろう)されたことに腹を立て、その者に手を掛けてしまう。 それを見た天界のものたちは、神に対して(おのの)き、逃げ惑う。 この時、マリアは自身もここから逃げ出したいと切に願っていた。けれど、既にホロの支配下となったマリオネットにそんな事は許されなかった。 思わず踏み出した一歩をホロに凝視され、その刹那マリアの両足は跡形もなく消えてしまったのだ。 「……っ!」 「マリア。お前まで私を独りにするのか?」 立てなくなったマリアを石柱(せきちゅう)へと寄りかからせ、背を見せる。 「そこで見ていろ。この場所をお前と私、二人だけの楽園にする(さま)を」 ホロは、自分の元から去る天界の者たちを一人も見逃すことなく殺してしまう。真っ白だった世界が赤黒く染まっていき、無惨な悲鳴が木霊していく。 羽を絶たれ、目を潰され、手足をもぎ取られる。その後、消滅し骨すら残らなくなる。そんな同士たちの姿を見て、マリアは声にならない叫びをあげた。必死に目を閉じ、耳を塞いだ。今のマリアには、見ない振りをすることだけで精一杯だった。 「ごめんなさい。ごめんなさい……わたしの、せいだ……」 次第に、マリアの心は罪悪感が渦巻くようになった。殺されていく仲間を助けられず、この争いの火種でもある。自分という存在が酷く邪悪なものに思えた。 「何をしている。マリア」 目と耳を塞ぎながら小声で懺悔を唱えているマリアを、滑稽なものを見るように言うホロ。からかいを含んだ声音で問えば、返ってくるのは怯えきった表情だけ。 「マリア……私はお前を殺したりなどしない。お前を愛しているからだ。だから、そう怯えるでない」 ホロはマリアの前に片膝を付き、頭を撫でる。マリアの純白の髪が、赤く色付いていく。 べっとりとついたソレを気にも留めることなく、大きな掌でマリアを包み込む。 「さあ、マリア。私の名を呼んで」 「……ホロ、さま」 「それでいい。お前は私だけを見ていればいいのだ」 ホロは、マリアを抱き上げてゆっくりと歩き始める。跡形もなく消え去った同士たち。しかし、血飛沫(ちしぶき)は残っていて、先程の悲劇が脳裏に繰り返される。 ホロが歩く度に水音が響く。血溜まりを歩いているのだと理解したマリアは、震えるばかりだ。 ドサッとホロが腰を下ろしたのは、皮肉にも白く輝きを放った玉座だった。 「目を開けるんだマリア。もう邪魔者などいない、私たち二人だけの世界だ」 「……いや、です」 頑なに目を開けないマリア。それに苛立ったホロは、マリアの目を無理矢理開かせ、頭を鷲掴んで固定し、目の前の残虐な光景を見せつけた。 その光景を見たマリアは息を呑んだ。そして、心が凍りつくのが自分でもわかった。 「(どうして、こんな……)」 「息を呑む程嬉しいか?それとも……また懺悔を唱えるか?」 ホロは言いながらマリアの首に手を回す。先程は殺さないと宣言したばかりだったが、大量の血を目の前にして尚、その言葉を信じられる程単純な思考をしていないなかったマリア。 「ホロ様と二人きりになれて嬉しいのです」 「ふっ……そうであろう」 瞳の光は消え失せ淡々と答えるマリアに、笑いを含ませたホロは、マリアの首に回していた手を離した。 「いいか、マリア。お前は私を裏切らないと誓うんだ」 「はい」 「素直で愛おしいマリア。お前は、私のマリオネットだ……」 これが、マリアが心を亡くしホロのマリオネットとなった瞬間だった。 ホロのマリアへ対する執着心は加速していき、愛する気持ちよりも、支配欲が勝るようになったのだ。 抵抗することなく、ホロの腕のなかに収まるマリア。そんなマリオネットを愛撫するホロ。 命尽きるまで、二人はこの場所に佇んでいることだろう。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加