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貴志が私を見下ろしている。心配させまいと私は無理に笑ってみせる。
そんな私を見て貴志は、
「大丈夫かよ」
手を貸してくれることもなく私を一瞥して行ってしまった。
私は一人玄関に取り残される。
立ち上がれない。なんだか、涙が奥からやってきそうだ。
私が少し体調を崩しかけていることなんて気付いてくれさえしなかった。
だけど、しょうがない。最近、貴志は仕事でとても疲れている。
今日だって、それでイライラしているに違いない。それで、私のことを気遣う余裕がなくなっているんだと思う。
仕事が一段落すれば、元の優しい貴志に戻ってくれる。
絶対そうに決まっている。
◇ ◇ ◇
次の日、とても体が熱くて立ち上がれなかった。
「朝飯は?」
そんな私を見て、貴志の言った言葉がそれだった。頭がぼんやりして、怒りも沸いてこなかった。
ベッドの脇から、貴志が私のことを見下ろしていた。私はいつも貴志から見下ろされてばかりだ。
「ごめん、ね。ちょっと起き上がれなくて」
「なんだよ。じゃ、コンビニでなんか買って食ってくか」
「……そう、して、くれるかな」
言葉が途切れ途切れになる。話すだけで結構苦しい。これは、風邪を引いてしまったかもしれない。
「大丈夫か?」
貴志の手が、私の額に伸びる。貴志の手は冷たくて気持ちがよかった。思わず目を閉じてしまう。
よかった。
ちゃんと、私のことを心配してくれている。
そう、思ったのに。
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