第1話 死神の手

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第1話 死神の手

「金はいくらでも払う。頼むから殺してくれ」  通常組織を通じて依頼される仕事。それを誰から聞いたというのか、目の前の骨ばった男は、私に(すが)りつくように懇願してきた。だが実際は彼の上半身は微動だにしない。縋りつくのは視線だけ。僅かに動く眼球と瞳孔が私を捉える。 「お金は」  私は言い淀んだ。この目の前の男が組織に対してこれから私がすることを告げることはできないはずだ。  組織で定められた金額。それを正直に話す必要はどこにもない。 「お金は、いくらでも払うと?」  私が聞くと、男は三十度ほど上半身側を上げたベッドに横たわったまま、視線を自分のスマートフォンに向けた。 「あれを」  男が何をしようとしているのか。私には分かっていた。その端末から金を振り込むつもりだ。 「報酬は現金でしか受け取っていません」  私が言うと、男は声を荒げた。 「俺に現金が下せるはずがないだろう!」  声帯を震わせる声よりも、硬化して締まりにくくなった声帯の間をすり抜ける風音の方が大きくなっている声で。  怒りはもっともだ。しかし、私は男を怒らせるつもりなど毛頭ない。
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