第1話 死神の手

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「しかしですね、ネットでは振り込みができる限度額も限られているでしょう?」 「十万ユーロでは足りんのか」  男は心底残念がって溢した。 「十万、振り込める?」  私の使っている銀行では、限度額は日本円で百万円までだった。いや、確かに限度額は自分である程度設定できたはずだ。  十万ユーロ。一千五百万円。  私は彼の視線の先にあった端末を手に取り、画面を彼の顔に向けた。 「ありがとう。本当に、ありがとう」  感謝されればされるほど、私の心は漆黒に染まる。  私は彼に代わり、自分の口座に十万ユーロを振り込んだ。 「容体が急変いたしましたので、緊急で手術を行いました。事後にはなりますが、ご家族の方の同意確認の署名をこちらに」  今年になって三度目の同じセリフ。それを口にしながら、黒いクリップボードに挟まれた一枚の紙を遺族に手渡す。 「長い間お世話になりました」 「いいえ。お力になれず申し訳ございません」 「父は、もう充分に生きましたし、苦しみましたから」
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