第1話 死神の手

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 突然流暢に話された日本語に、私の身体は一瞬で鳥肌に覆われた。間接的な脅迫を受けたことにそれほど驚きはしなかったが、相手の素性は気になった。だが、それを訊いてはならないと私の心は叫んでいる。 「うむ、察しがいい人間は好きだね。節約できた時間で酒が飲める」  私はこの時勘違いしていた。自惚れていたのかも知れない。「日本人の女を抱いた」というだけでステータスになる場所だ。相手は私以上に察し良く、私の瞳の奥で動いた女の揺らぎを見抜き苦笑している。 「君は医者だろう? それも我々にとって『良い仕事』をしてくれる医者だ」 「良い仕事、ですか?」  私の目の前にいる男と私との接点はトビアスの件だけのはず。つまり「良い仕事」とは「殺人」のことに違いない。 「私は誰も殺したくありません」  そういうと、男はまた笑った。さっきの笑いよりも苦味は減っている。 「君の想像は半分、いや、四分の一は正解と言ったところか。いや、解釈によっては完全な不正解だな」 「どういうことでしょう?」
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