天使の分け前

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 さ、ではここからいよいよ入りますよ。足元気を付けてくださいね。一応灯りはあるんですけど、薄暗いですから。  どうです?ちょっとしたもんでしょう?これだけは私が唯一自慢できるものなんです。自宅の地下にここまで深い所に酒蔵を持っている人間も、そうそういないと思うますね。そうでしょう?あなたもそう思われますか。そうですよね。  え?どのくらいあるのかって?そうですね、ワインボトルが約1000本、ウイスキーの方は比較的最近始めたから、ボトルで約200本、樽で30樽くらいかな。え?数じゃなくて時価?はは、あなたもなかなかストレートですね。まずは金銭的価値に関心が向くわけですね。いや、褒めてるんですよ。この私のコレクションだって、投資ビジネスの側面もあるわけですから。お金に貪欲なことは悪い事じゃありませんよね。そうですよね。あなたみたいな人をビジネスパートナーに選んだのは、やっぱり正解でしたよ。これからもどうぞよろしく、はは。ここで、ちょっと一杯試飲しましょうか。この間入手したY社の原酒です。ええ、本物です。どうです?確かにまだ若いですが、この香りの複雑さは、まだまだ成長の余地がありそうで、いかにも将来が楽しみな感じがするでしょう?え?よくわからん?投資対象としての興味はあるけど、ウイスキーの味には興味は無い?なるほど、徹底されてますね。結構です。勿論、価値もまだまだ上がりますよ。今や日本のウイスキーの評価は、もう確固たるものになってますからね。品薄状態もまだまだ続きそうですから、当面安泰でしょう。  ところで”天使の分け前”ってご存知ですよね?ご存知ない?これは、もともと海外のウイスキーの蔵元で言われていた言い回しですけどね。つまり、原酒を樽の中で寝かせておいて何年も経ってから開けてみると、いつの間にか原酒の量が減っている。つまりは、原酒の水分やアルコール分が長い間に自然に蒸発していくからそういう現象が起きるわけですが、その蒸発によって減った分のことを天使の分け前と呼ぶわけです。なかなかおしゃれな言い回しだと思いませんか。ねえ。  おや、大丈夫ですか?足元がふらついてますが、あ、倒れちゃった。もしもし、大丈夫ですか?ああ、さっき試飲した分が回って来ましたか。まあ、無理もないですね。こっそりお薬を入れさせてもらいましたからね。  ここは地下の酒蔵の一番奥の場所です。私が案内しなければ、永久に誰も訪れることのない暗がりです。そら、そこにひときわ大きな樽があるでしょう?ああ、もう見えないかな。まあ、いいです。そこにあなたに入ってもらって、寝かせておくわけです、永遠にね。ええ、これであなたの持ち分も、全て私の分け前にさせて頂きますよ。ははは。 [了]
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