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「ずいぶん古いですけど、いつから住んでるんですか」
「ここが出来たのは昭和五十年よ。新しいもの好きな主人がすぐに飛びついたの」
昭和か
もう五十年も前だ
遺物のような建物の隙間には、塗装の剥げたブランコやベンチが申し訳程度に設置されていた。僕は夏休みに叔父の達ちゃんと行った、レトロな喫茶店を思い出した。ここよりも前に建てられたその場所は、歴史と想い出に溢れていてとても素敵だった。訪れる人の交流が絶えないからだろうか。
対してここは…
表面上は塗装を塗り直したりして綺麗に見える。花壇にたくさんの秋桜が咲いていて、その鮮やかな色で少しだけ華やいだ空間があった。
それでも老朽化してあちこちひび割れたり、階段やスロープが傾いでいるのを目にすると、この場所が周りから取り残されているのを感じる。入居者は絶えず入れ替わり、隣近所との付き合いはだんだん減っていく。僕だって子どもの頃から知ってる身近な他人は、隣のおばさんくらいだ。
話好きで 時々面倒だけどね
一号棟から三号棟までは五階建てでエレベーターが付いていなかった。自分が疲れてたのを思い出して、二階でよかったと密かに思った。おばあさんを送り届けたら僕も帰ろう。
階段を上がって205号室の前に立った。
「ここですね」
「どうもありがとう。何かお礼をしたいけど、あいにく手ぶらなのよ」
僕は遠慮はしない方だけど、さすがに数百メートル歩いただけじゃ、そういう訳にもいかない。
「いえ。僕ももう帰らなきゃ。さよなら」
僕はアルを抱き上げてお辞儀をすると階段を降りていったが、外に出た時に聞こえた若い女性の大声に思わず足を止めた。
「何ですか、あなた。勝手に上がらないで!」
僕はそっと階段の方へ戻って聞き耳を立てた。
「ウチは鈴木です。何かの間違いですよ」
「でも、こちらは桜団地の205号室でしょう」
困惑気味に返すのはさっきのおばあさんだ。
「違う桜団地なんじゃないですか。とにかく、あなたなんて知りません。お引き取りください」
有無を言わさず大きな金属音が響いたあとに僕が覗き込むと、閉じたドアの前にぽつんと取り残された背中が見えた。
これは…
達ちゃんの出番か
僕はキッズケータイを取り出して、叔父の番号をタップした。
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