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達ちゃんは僕のママの弟で、探偵事務所を構えている。時に難しい事件も手がけるようだけど、迷い猫を探して欲しいなんて依頼もあるし、大抵はヒマ人だ。今日も昼寝から覚めたみたいな声が返ってきた。僕がかいつまんで話していると、電話の向こうで煙草に火をつける音がする。ふーっと息をついて気だるそうに尋ねてきた。
『お前、今どこにいるんだ』
「んとね、桜堤駅の南口」
『じゃあ、車で行くわ。お茶でも飲んでろ』
僕のママとお姉ちゃんは、曰く『ヤクザな探偵稼業』の達ちゃんをよくサカナにしている。
『達也のとこには行っちゃダメよ!』
わかってないなあ 女は
映画やドラマになるようなカッコよさとは無縁でも、何だかんだ困ってる人を放っておけない叔父を、口にはしないけど僕はだいぶ尊敬している。
ただ、固ゆで卵か何か知らないけど、達ちゃん自身も昭和の遺物であるのは間違いない。ナマイキでも、それだけは指摘させてもらっている。
それに、マーロウ風を吹かせたって達ちゃんも半熟派だし。
いい歳して 女っ気もなしで
隣のおばさんのお喋りには僕も閉口するけど、そこだけは激しく同意する。まあ、硬派な男は今どき流行らないから仕方ないのかも。
でも、このまま干からびちゃったら、どうするつもりなんだろう。奥さんも子どももいなくて、独りで歳とって死んでいくんだろうか。そういえばそんな人もいたわねなんて、皆から忘れられたままで。あの素敵な喫茶店じゃなくて、この団地みたいに。
僕も 咲花ちゃんに忘れられたら…
憧れのクラスメイトを思い出して寂しくなった。
僕はちらっと隣に座る迪子さんを見た。僕が買ってきたミルクティーも飲まずに、萎れた花みたいに俯いている。自分の家だと信じてた場所が違うと言われたら、ショックだろうな。
でも確か、認知症で徘徊するような人って、こんなにじっとしてないはずだ。
『普段の動きがどんなに遅くても、ちょっと目を離した隙にいなくなっちまうんだよ』
以前その話を聞いた時は、状況が分からないなりにもその切実さは伝わった。多分、達ちゃんは猫だけじゃなく高齢者の迷い人も探したことがあるんだろう。
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