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ため息が聞こえた。
「情けないわ。自分のお家に帰れないなんて」
「僕の叔父さんがもうすぐ来てくれます。探し物が得意だから、きっといい方法が見つかりますよ」
「ありがとう」
迪子さんはようやく笑顔を見せて飲み物に口をつけた。僕との会話は噛み合ってるし、整った身なりで放って置かれてはいないようだ。
でも、服装のわりに全くの手ぶらで、自分の苗字もどこから来たのかも思い出せない。そのアンバランスさは、僕の気持ちをざわざわさせた。
「郁くんは何年生?」
「四年生です。この前十歳になりました」
「そう。私の孫は六年生だけど、郁くんの方がずっとしっかりしてるわ」
「一緒に住んでるんですよね。何人家族ですか」
「ええと。息子夫婦と小学生の孫が二人。あらやだ、おじいさんを忘れてた」
全部で六人。
団地の間取りの奥行はあまりなさそうだ。部屋は…二つ? 三世代にはちょっと狭いよね。六年生にもなれば自分の部屋だって欲しいはず。
やはり、彼女の今の住まいはあの場所ではない。かと言って何の関係もないわけでもなさそうだ。お年寄りは昔の記憶だけはしっかりしてるって言うし。
住んでいたのは間違いないだろう。だとしたら、隣近所にまだ知ってる人が住んでいるかもしれない。
僕は僅かな情報から組み立てた自分の仮説に、わくわくしながら達ちゃんの到着を待った。あくびが出て大きく伸びをした時、アルがすっくと立ち上がってしっぽを振った。ロータリーに青いハッチバックが見えた。
名探偵登場!
三つ揃えのジャケットを脱いだ達ちゃんに、僕は大きく手を振った。
アルを迪子さんに預けて、車のそばでさっきの自分の考えを達ちゃんに話した。
「その人の名前がわかれば、住んでるかどうか調べられるよね」
「部屋の見当は付くか?」
「それはまだだけど…」
達ちゃんはしぱらく黙っていたが、眠気覚ましの缶コーヒーを飲み干すと、僕の肩をぽんと叩いた。
「やってみるか」
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