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団地の間取りはやはり2LDKだった。静子さんは現在一人暮らしで、家具も少なかったから部屋は広く見えたが、僕たち三人がお邪魔すると少し窮屈な感じだった。アルも足を拭いて上がることを許してもらった。
女性たちは、ひとしきり思い出話に花を咲かせた。先ほど達ちゃんと話していた時とは別人のように、迪子さんは生き生きと話していた。静子さんも楽しそうに相槌を打って、まるでそこだけ時間が戻ったかのようだった。
「もう五年になるかしら」
お茶のおかわりを淹れてくれた静子さんが、今度は僕たちに話し出した。
「ご主人が体を壊して、息子さん夫婦と同居することになって、ここを離れたんです」
二人が出会って四十年以上の月日が経っていた。夫のことから子育てのこと、姑やお金まで何でも話してきた親友であり、戦友でもあった。
「環境が変わってしまうのは寂しいけれど、年老いた私たちは誰かに頼らないと、遅かれ早かれ生きて行けなくなります。迪子さんもまた遊びに来るからと言って、実際二度ほど訪ねてきてくれました」
だが、その後ご主人の容態が悪化した。入院生活を余儀なくされ、迪子さん自身も付き添いや家のことを手伝ったりしなければならず、思うように時間が取れなくなってしまった。二年前にご主人を見送ると、それまでの忙しさから解放されたのか、認知症の症状が出始めたそうだ。ぷっつり途切れてしまった交流は、迪子さんの症状を確実に進行させた。
「一度電話をかけた時はお嫁さんが出て。そんな状況だからもう外出は難しいと言われました。だから、今日はびっくりしたんです。月見野からここまで一人で来たのかなって」
「月見野?」
達ちゃんの声が上ずった。
月見野市は隣の県のわりあい大きな街だ。特急を使っても二時間はかかる。手ぶらで一人でここまで?
「息子さんの家はそちらにあるんです」
「きっと、誰かと一緒にこの近くまで来たんですね。それではぐれたのか。連絡は取れますか」
「はい。番号は聞いてますから」
静子さんに頼んで電話をかけてもらった。幸運なことにお嫁さんは静子さんを覚えていてくれた。迪子さんがここにいることを告げ、二人の間でやり取りがあって、ようやく電話を切ると静子さんがため息をついた。
「今は施設で暮らしているようです。そちらの方にも電話してくださるって」
「これで『家』には帰れるな」
「そうだね…」
「私も来年には娘のところへ身を寄せる予定なんです。会えてよかったわ」
静子さんが声を詰まらせた。ソファに座った迪子さんは、アルを膝の上に乗せて頭を撫でている。ゆっくり何度も繰り返す仕草に、アルは目を細めて満足気な顔になり、迪子さんも心穏やかになるようだった。
「しずちゃん。お花が綺麗ね」
「ええ。皆で綺麗にしてるの」
二人の視線の先には秋桜が風に揺れていた。ピンクや白の花は、きっとあの日、二人で見た光景なのだと僕は思った。
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