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* 「手紙には榎田エリの名前が書いてあった」  吉澤がどこか斜め上の方向を見ながら言った。 「この手紙はなんだろう? これは読んでもよいだろうか? いや、そんなことをしてはいけない、と良心の葛藤があったよ。しかし、いくら考えても山瀬と榎田エリが繋がる点が思いつかない。でも、手紙が存在する。何があったんだろう、悪いとは思ったけど、開いてみた」  僕は頷く。  吉澤は天井を少し見上げ気味に視線を移す。その目に何が映るのか僕からは見えない。 「なかなか長い文章だったよ。高校二年の終わりに山瀬が榎田エリに告白したらしいことがわかってショックだったよ。その後も山瀬は榎田とは何度か会っていることが見え隠れしていた。榎田にオレのことを話したことも書かれてたよ」 「そうだったかな……」  僕の不器用さで榎田エリを傷つけてしまったことは申し訳なかったから、それから何度か二人で会ったことはあった。とはいっても、そこから交際に発展することはなかったし、学校での出来事や進学について真面目過ぎる会話をしたぐらいだった。 「オレは一人暮らしの家で泣いたよ、嘆いたよ」  目線が降りて、吉澤は僕を見た。眼鏡越しの彼の目に僕が映っているんだろう。 「オレは山瀬という大事な友人を見下していたと知ったんだ。それがもう本当に情けなかった」 「大げさすぎるね。十代のときのことだろ。もうオレたちは三十近くになったんだ。昔のことだよ」 「だが、衝撃の手紙だったことには違いない。大人になってからオレと山瀬は何度か会ったが、一度たりとも榎田エリのことは口にしない。どれだけ酒を飲んで上機嫌になろうとも、積もり積もる話をしているときだろうとも」 「……悪かったよ」  謝ってしまったが、僕は悪気があって隠していたわけではない。  吉澤の成功話を聞いていることのほうが面白かっただけだ。僕の過去の出来事なんて(さかな)にもならない。
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