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とても面白い人間
<教授side>
春。新しい学期が始まると、学内はにわかに騒がしくなる。
サークル勧誘に沸く学生をゼミ室から見下ろしながら、私は一人ため息をついた。
大勢で騒ぐ若者は、どうも苦手だ。
めったに鳴らない内線が鳴り響き、やや驚きつつ受話器を取る。それは学務担当からだった。
「はい、宝条です。」
「良かった、在室で…!じつはこちらに、2年で宝条教授のゼミに入りたがっている学生が来てまして。」
「私のゼミ?というか、2年って…。」
そもそもこの大学では、ゼミに入れるのは3年からだ。なんて世間知らずな学生だろうか。ため息を押し殺し、私はどうにか冷静な声を出す。
「2年生では、まだゼミに入れないと説明しましたか?」
「はい。何度も念を押してるんですが…」
「……。」
というか2年云々は別として、『今年は専門の研究に集中する』という理由でゼミを開講しないと学内に周知済のはずだ。とすると…
…『私目当て』か?
じわじわと嫌な感情が胸に広がっていく。しかし、受話器の向こうの事務員は、明らかにこの面倒を私に押し付けたい雰囲気だ。
「あの、どうされますか?とにかく教授と話したいと息巻いてるんですが。」
「そうですね…」
私はそこで一旦受話器から耳を離す。
仮に『会えない』と断った場合、私目当てならあっさり引く可能性が高い。しかし、もし本当にその学生が、2年のうちから学びを深めたがるような物好きだったら……
それはもしかしたら、『とても面白い人間』なのではないだろうか。
私にとって人間は、誰しも『自分より愚かでつまらない存在』が当たり前だった。そんな常識をくつがえすような人間が、接触を図ってきているのならば…。
不安より興味が勝った私は、とりあえずその学生をゼミ室に通すよう伝え内線を切った。
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