腐生の終活〜生きるって難しい!〜

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「はじめまして。高浦市から来ました。八木香澄といいます。仲良くしてくれたら嬉しいです。よろしくお願いします」 声が小さかった。外で降る雪に吸収されているのだろうか。その言葉はどこかカタコトのようで、すごく典型的だった。緊張しているわけではなさそうなのに、どうしてだろうか。 その柔らかい目は、クラスメイトを一人ひとりじっくりと観察しているように見える。初めて見る目だった。白い肌が鮮明に浮き立ちすぎて、元から顔が一セットというわけじゃなく、肌に顔のパーツがはめられているようにも感じる。機械的に顔を作っているんじゃなくて、オーダーメイド。そう思えてしまうのは、私だけだろうか。 彼女の瞳の動きを静かに追っていると、いつしか私にもその番がやってくる。視線は苦手だ。手汗でじんわりと湿った手で上着の袖をぎゅっと掴んでいると、彼女は私を安心させるかのように口角を緩めた。クラスメイトが口々によろしくね、と語る中で、私には不思議な高揚感が満ちていた。ふわふわしていた。私は大きく息を吸って、音がしないように吐き出した。 休み時間にもなれば、彼女はずっとクラスメイトに囲まれていた。好きなもの、得意なことを質問攻めになっている姿を、私はその世界の外からじっと眺めるしかなかった。しかし彼女は、周囲に群がる彼らを押しのけて、私に話しかけてきてくれた。彼女はただただ自分の名前も挨拶もせず、 「名前なんて言うの?」 とだけ聞いてきた。ぱっと目を上げる。初対面の人の前で立ち、手ぐしで髪を整えていて、完全にリラックスしている。これがこの子の接し方なんだとそっとその違和感を飲み込む。自分の名前は、ふっと喉を通り抜ける。 「李依だよ。よろしくね、えーっと…」 「香澄だよ。気軽に呼び捨てしてね。李依ちゃん」 「私も呼び捨てでいいよ」 香澄の顔がぱっと明るくなる。 「ほんと?ありがとう」 手を小さく降ると、香澄はそっと笑顔を作り、また自分の席に戻っていった。 「こんなこともあったっけ」 自分の頭に問いかけるように言うと、急に鼻が効き出した。なぜかはわからないけど、昔聞いたことがある。 人は見たいもの以外は見ない。だったら感じたくないものは感じない、もあるだろうな、って。誰だっただろう、あの人は、もういないような、なんだか、すごく______。 夜の家のキッチンの隅で、レトルトのナポリタンを啜った。美味しい。そんな感情が喉を通ると、私はシャツで口を拭った。 もうすぐで春が来る。あれは、残雪だろうか。斜め向かいの家にちょこんと置かれた雪だるまが目に入るまでは、そうそう時間はかからなかった。私は今死んでいるんだと感じることもできず、香澄のことをずっと考えていた。 あのときはまだ、こんなことになるとは、思ってもいなかったんだ。
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