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「集めてるの? それ」
「うん……そのつもり」
そして彼女は、はにかみながら手元のシートをそっと撫でた。
彼女が手にするはがき大のシートは、ようやく三分の一ほどがシールで埋まったところだった。
ここでいうシールとは、毎春、某パンメーカーが行なうキャンペーンで製品に添付されるそれで、このシールに記される点数を規定数以上集めると、景品の白い小皿と交換できる、という例のやつだ。
どうやら彼女は、その白い皿を狙っているらしかった。
彼女―ー篠田あさみは、友達と呼ぶほど親しいわけではなく、かといって特別な悪感情があるわけでもない、要するに、ごく普通のクラスメイトだった。少なくとも……この時のやり取りがなければ、その後の事件を踏まえても、なお、単なる顔見知りの域を出なかっただろう。
そんな彼女に、なぜわざわざ声をかけたのかというと、この日、私はたまたま弁当を忘れ、コンビニで買ったカレーパンでもって昼食を間に合わせていたからだ。パンのビニールには例のシールが貼られていて、特に集めてもいなかった私はそのままゴミ箱にポイしてもよかったんだけど、ふと、隣の席で熱心にシールの点数を数えるクラスメイトを見かけてしまったのだった。
「じゃあこれ、あげる」
「わ、ありがと」
私からシールを受け取ったあさみは、それを手元のシートに大事そうに貼りつけた。このときの点数は確か、0.5だったか。彼女としては、ないよりはマシレベルの加算だったろう。なのに律儀に礼を言い、本音かどうかはともかく嬉しそうな顔をしてくれて。……いい子、ではあったのだ。なのに、結局友達になれなかったのは、当時はまだうまく言語化できない壁を彼女に感じていたから。
私だけではない。当時、私のクラスメイトは皆、彼女に対しては常に一線を引かれたような印象を抱いていて、今でも「相談してくれればよかったのに」とこぼす同窓生も少なくない。ただ、当時はまだ高校二年生だった私たちはもちろん、あさみ本人にすら、それをうまく言葉にして伝える術はなかったのだろう。
でも、サインは出していたのだ。ささやかに、でも確実に。
「こういうのって、結局揃えられないよね。いつも集めきれないで、いつの間にかキャンペーン終わっちゃう」
「そう? そう、かな……?」
別にこれぐらいは何ともないだろう、と、正直に言えば思った。
私は昔から、(少なくともこの当時は)物事を計画的にこなすのを得意としていた。テスト勉強も宿題も、おこづかいを定額貯金してそれなりに大きな買い物(といっても、バッグだとか財布とか、あくまでも高校生らしいものを)だってできた。パン祭りのシールぐらいなら、だから、集めようと思えばどうとでもなると思ったし、その意味で、あさみの言う「集めきれない」に、いまいち共感しづらかったのだ。
一方のあさみは、確かに、そういうことが苦手そうな子ではあった。忘れ物が多く、提出物も、クラス委員の私が指摘するまで忘れている、なんてのはざらだった。
集中力に乏しいのか、授業中もぼーっとしていることが多い。移動教室の時も、誰かが声をかけてあげるまで動かない……今思えば、それらも重要なサインではあったのだろう。けど、当時の私はまだ幼く、単にそういう性格なんだろう、以上のことは何も思わなかった。
「じゃあ、手伝おうか、集めるの」
「えっ、ほんと? いいの?」
「いいよ。別に難しいことじゃないし。期間内に規定のポイントを集めるだけでしょ?」
「それが意外と難しいんだよ……あ、でも、いいんちょが手伝ってくれるならいけるかも。いいんちょ、しっかりしてるから」
「ふふ、まあね」
事実、私はしっかり者らしく彼女を手伝った。
キャンペーン期間中にシール集めが間に合うよう、日々のノルマを設定し、毎日進捗を確認した。収集のペースが芳しくなければ、クラスメイトに声がけしてシールを譲ってもらったりもした。
そうして、コンプリートまで残すところ3点ほどに迫った頃。
あさみが、自宅で首を吊って自殺する。
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