ヤマ●キ春のパン祭り!

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「前から聞こうと思ってたんですが、先生、それ何です?」  そういって助手の若田が指差したのは、今まさに私が壁に掛けようと掲げ持つ額縁、の中に納まる一枚の紙きれだ。日本の優秀な印刷技術のおかげか、あるいは単に私の保存方法が良かったのか、大して色落ちせずに済んでいるものの、それでも、擦り切れた紙の縁などに時間の蓄積が見て取れる。  今日は事務所の大掃除の日で、縁に溜まった埃を拭き取るために、一度、壁から額を外したのだった。それを壁にかけ直そうとしたタイミングでの、助手からの素朴な問いである。 「何って、パン祭りのポイントシールだけど」 「それはまぁ、見ればわかりますけど、何でそんなものを、と思いまして……お皿には換えなかったんですか。せっかくポイント集めたのに」 「厳密には集められなかったのよ。見て」  一度は壁にかけた額をふたたび外し、若田の前に突き出す。 「最後の3点分だけ微妙にデザインが違ってるでしょ。ここだけ違う年度のシールなの」 「……はぁ」  納得がいかない、という顔で相槌を打つ助手。だからなぜ、そんなつまらないものを飾っているのかと言いたげな顔だ。確かに、交換しそびれた昔のパン祭りのシールなんて普通の人にはゴミでしかない。  でも私には、これが灯台の光に見える。  私の人生が向かうべき目的地を示す、暗闇の中に唯一灯る光。
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