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約一年の不登校を経て学校に戻った私は、しかし、結局うまくなじめずに退学してしまう。代わりに大検を取得し、県内に唯一ある国立大の法学部に進むと、そこで猛勉強して在学中に司法試験をパスする。
試験のための勉強は、私には何の苦にもならなかった。パン祭りのポイントと一緒。これと決めた目標さえあれば着実に積み上げられる。一度は無意味だと思って手放した力も、本当は無意味なんかじゃなかったのだ。この力が私に与えられたのには、ちゃんと意味があった。
卒業後、やはり県内の法律事務所にイソ弁として就職した私は、そこで十年ほど勤めた後、五年前にようやく独立する。今はパラリーガルを五人、弟子代わりのイソ弁を一人雇い、小さいが自分の事務所を切り回している。
私が弁護士という仕事を選んだのは、ひとえに、理不尽に傷つく弱者を救うためだった。
わかっている。それで彼女がーーあさみが救われるわけじゃない。
集めきれずに終わったパン祭りのシールのように、それは二度と取り返しがつかない事実だ。でも私は、たとえ一年越しにせよ、彼女が残したポイントを満たすことができた。それもまた、今の私には揺るがない事実。
そして……今この瞬間も、人知れず理不尽に踏み躙られる誰かがいる。
かつてのあさみのように、人知れず、闇の中で蹂躙される誰か。その、誰かにためにこそ私は生きている。足りないものがあれば私が補おう。力が足りなければ力を。知恵が足りなければ知恵を。
大掃除がひと段落ついた頃、事務所に一本の電話がかかってくる。
電話の主は、先日の無料相談会に訪れた高校生。母親の再婚相手が身体を要求してくる。怖い―ーそんな、未成年の身には重すぎる悩みを、母親にすら打ち明けられずにいる女性だ。
「なるほど、正式に依頼をしたい……ええ、大丈夫です。いえいえ、費用の方はご心配なく。先日も申し上げましたが、未成年の方の依頼は無料でやらせて頂いておりますので、ええ」
ひとしきり用件を聞き終え、電話を切ると、若田が苦笑まじりに私を眺めている。先生の道楽には困ったもんだと言いたいのだろう。
確かに、相手が未成年とはいえタダで仕事を請けるなんてどうかしている。だが、相手が未成年ならいずれ大人になった時、今度は有償で私を頼ってくれるかもしれない。このボランティアには、そういう宣伝の意味もある。何より―ー
「仕方ないじゃない。私のライフワークなんだから」
「わかってますよ。だから何も言わないじゃないですか」
「言ってんのよ、顔で」
苦笑には苦笑で応えると、私は埃を払い終えた壁の額縁を見上げる。
あなたが集めきれなかったものは、私が集める。
だから今度こそ、頼って。救わせて。
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