物質世界のMonster

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城の夜はバタバタだ。何故なら夕食の後片付けがあるから。王や王子、王妃の食事を片付けるところから始まり、続いて私たち料理人の食事を片付ける。 全てを片付け終わった頃には、もう時計の針が21時を差していた。今日からは毎日、この時間からコンテストに出すシチューグラタンの研究を始める。 「まず、今回作るシチューグラタンの構造としては、かなり厚めの食パンをくり抜き、その中にシチューの具材を入れていく、という形でよろしいでしょうか。」 「そうですね。それだと食パンの形も残せますし、個性が出ると重います。」 昨日の夜ミーティングが終わってから考えた、パンとシチューグラタンの組み合わせ方を褒められて私は少し嬉しくなる。しかしここで調子に乗っていてはいけない。まだまだ序盤なのだから。 「それから、使用する具材をどこから仕入れるかについてですが、小麦、そしてブロッコリーはこの中心部で取れたものを使いましょう。」 「牛乳とチーズはズザン地区のものでしょうか?」 ズザン地区、酪農が盛んで乳製品が多く生産されている場所。しかし・・・ 「いいえ。今回はセッド地区のものを使いましょう。」 セッド地区。こちらも酪農が盛んだが、ズザン地区よりも製品は少々値が張る。大量生産、という訳にはいかないが、今回のコンテストは1品勝負。セッド地区の乳製品を使うのが賢明だろう。 「セッド地区ですか。いいですね。」 「さすがルベン料理長です!」 褒めすぎだ。君たち。 私はそんなに褒められるような人物ではないですよ・・・ 「料理長、卵はどちらのものを使用する予定で?」 「卵についてももう考えてある。ニィニ地区だ。そして、玉ねぎはイマワサ地区、玉ねぎ、しめじはニゾナウン地区だ。」 コック達、よく質問してくれる。やる気があっていいことだ。私も頑張って考えた甲斐が有る。 「それでは今日はこの辺りで終了にしよう。明日からは食品をそれぞれ集めてくるように。夜ではなく、昼に行くことにしよう。」 「分かりました!料理長!」 コンコン、と私は扉を叩く。 私が今やって来ているのはセッド地区で酪農を行っているコルネイユ様の牧場。私は牛乳、そしてチーズを入手するためにここに出向いていた。 「突然すみません。パルトビア城料理長のルベンと申します。」 私がセッド地区に出向かうことを選んだ理由は2つ。1つは単純に私がセッド地区の乳製品を好んで食べているから。そしてもう1つは―― 「あ?なんだ、帰った帰った。」 こちらのコルネイユ様、とても気難しい人であるから。 他のコックたちでは心が折れてしまう可能性すらある。 「いえ、少し時間をくださいませんか?今度、全世界料理コンテストがありまして――」 「だから、城に乳製品を提供してくれ、ってか?」 「――もちろん、お金はお支払いします。」 強く出られても、私は怯まずに話し続ける。 絶対にセッド地区の乳製品を使いたいのだ。私はそれにこだわっているから。セッド地区の乳製品ならば、優勝だって―― 「城の者は嫌いなんだ。安い金で俺たちの汗水垂らして作った商品を大量に買っていく。それなら、この地区の富裕層に俺たちの仕事に見合った値段で買ってもらった方が、ずっといいだろ。」 私は言葉が出なかった。それが事実であるから。 確かに、私たちはセッド地区の乳製品を大量購入していた。それがいいことではないと知っておきながら。 「しかし――!!」 「もう話すことはない。帰った帰った。」 そう言うとコルネイユ様は私を牧場から押し出そうとする。私は僅かばかり抵抗する。 「コルネイユ様の乳製品を使えば、優勝だって目指せます!」 「――それはお前のエゴでしかないだろ!」 「・・・」 「俺らがいくら良い食品を提供しても、称えられるのらお前の料理の腕だけ。俺らの努力は一体なんなんだ?」 私は下を向き、うっすら笑みを浮かべる。 その返答は予想通り。 この勝負、私の勝ちです。 「私は今回、このコンテストを通してパルトビア国の食品の良さを知ってもらおうとしています。使用した食品にはきちんとどこが原産かを書きますし、審査員にも食材一つ一つの説明をします。だからどうか、考え直していただけないでしょうか。」 「・・・」 私は覚悟を決めて顔を上げる。 すると、コルネイユ様の表情が少しだけ、柔らかくなっていた。 「お前、そんなに必死になれるんだな。」 「・・・と、言いますと?」 「ずっと冷たい奴だと思ってた。俺らのことを都合よく利用してるんだって。でも、実際は熱い奴なんだな。気に入った。」 「気に入った」、その言葉を聞いて私の表情も緩んでしまう。 「提供するよ。お前の熱量に負けた。いくらでも使うんだな。」 「ありがとうございます!」 いくらでも、そこまで言ってくださるとは予想していなかった。とにかく、これで牛乳とチーズはクリアだ。他のコックたちは今頃、どうなっているだろう。 そんなことを考えながら私は城へと戻った。
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