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肩を落とすぼくの耳に、彼のやさしい声が響く。
「だが、俺だって自分の気持ちが将来、どんなふうに姿を変えるのかは知らないんだ。だからまだ、親友のままでいてくれないか。それでよければ、この手紙はなかったことにしたいと思う」
ぼくは黙ってうなずくしかなかった。たとえ気持ちを殺しても、彼を失うことだけは避けたかったから。
すると桜井は手紙を取り出し、花壇の縁で折り紙のように折り始めた。まもなく紙飛行機が一機、できあがった。
立ってぼくの手を掴み、フェンス際まで引いてゆく。そして、その紙飛行機を空に向かって放った。ぼくの正直な想いが風を掴まえ、空を高々と泳いでいく。
ああ、せめてこの気持ちだけでも、自由に舞い上がってほしい。
紙飛行機を見送った後、彼はちらと横目でぼくを見た。夕暮れに染まる屋上は、彼の端正な横顔をさらに色気づかせている。
桜井はあらたまった態度で尋ねる。
「ところで坂崎はどこの大学を受験するか決めたのか?」
「ああ、東京の美大を受けるよ」
すると彼の口角がすっと上がった。
「そっか、じゃあ一緒に上京するってことだな」
「はぁ!? 実家の跡継ぎはどうなったんだよ!」
「親から言われたんだが――このご時世、学歴という肩書と、基礎となる勉強は欠かせないそうだ。だから四年間、修行だと思って行って来いと背中を押されたのさ」
「ほんとに!?」
「ああ」
驚きと嬉しさで舞い上がるぼくに、桜井はさらなる追い打ちをかける。
「じゃあ、俺らふたりとも合格できたら、ルームシェアでもするか?」
どっきーん!!
いきなりとんでもない提案をしてきた彼は、いたずらっぽくて意地悪な顔をしている。さてはぼくの心臓を爆発させるつもりか、この極上イケメンは!
親友ふたりの同居。それはラブレターをリセットしたから成立する提案だけど、彼はぼくの気持ちをもてあそんでいるに違いない。
けど、だったら遠慮なくどっぷりと沼に浸かってやろうじゃないか。
「望むところだ! 絶対、いっしょに東京へ行こうな!」
ぼくが男らしく拳を作って突き出すと、彼はその手を掴んで強引に引き寄せた。顔が丈夫な胸板に吸い寄せられ、彼の温度と汗のにおいで目が回りそうになる。
ああ、目前に迫る受験期を乗り越える日が楽しみでしかたない。
ぼくの未来はきっと、心臓の鼓動が爆音の毎日になりそうだ。
Fin
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