真夜中のラブレター

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真夜中のラブレター

朝の教室はとびきりの喧騒に満たされていた。ウェーイ系代表男子の田村が教壇に立ち、意味ありげににやにやとしている。 彼がアピールしているのは、黒板に貼り付けられた一枚の手紙だった。ぼくが素通りしようとすると、田村はぼくの肩を掴んで手紙の前へと引き寄せた。 「おい坂崎、この落し物を見てみろよ!」 田村が「落し物」と呼んだのは、丸文字の言葉が綴られている、和紙製の便箋だ。 「落し物ってことは、田村が拾ったのか?」 「そうだよ。朝来たら俺の机の下にこいつが落ちていたのさ。返さないと悪いと思ったけど、送り主の名前がないから聞いて回っているところだ」 けれど彼のいやらしい表情は、その行動が善意からくるもののはずではなかった。 振り向くとクラスメートは皆、誰が書いたのかとしきりに憶測を立てている。けれど面白がっている野次馬ばかりではなく、神妙な面持ちの女子も何人かいた。 田村は黒板から手紙を引き剥がしてぼくの目の前に突き出した。しかたなく文面に目を通すと、そこにはこう書かれていた。 ===== 親愛なる桜井くん 今、私は星が輝く夜空の下でこの手紙を書いています。つい先ほどまで空はトワイライトだったのに、きみのことを考えている刹那に、闇が私を攫いにきたようです。まるでこの胸を覆う憂いを見抜いているかのように。 初めてきみに出会った日のことを、まるで昨日のことのように覚えています。きみの真剣なまなざしと端正な横顔、それにときおり見せる控えめな笑顔。私はいつのまにか心を奪われ、気づけばきみのことばかりを考えていました。きみと同じ空気の中で過ごす時間は、私にとって宝物でした。 けれどしあわせな時間が有限だということは、とっくにわかっていました。もうすぐ高校生活は終わりを告げ、思い出に姿を変えてしまいます。きみと私の進むべき道が同じでない以上、私の想いは青春の記憶の中に取り残されたままとなってしまいます。 けれど、面と向かって想いを伝えようものなら、きみは私と距離を置いてしまうに違いありません。 だけど、きみと一緒に素敵な時間を過ごせなくなっても、この想いが褪せることはありません。 だからそっと、手紙でこの想いをつたえたいと思います。 きみのことを、心から愛しています。きみの幸せな未来を祈っています。 =====
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