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二階の非常階段に音もなく着地し、屋上を目指して駆け上る。
(なんなのよ、もう……!)
これまでも人が集まる場所を巡ってきたが、こんなに人間が犇めき合って、騒いでいる町はなかった。
(暫くは動かないほうがいいよね……)
外側の壁を駆けあがり、屋上へ飛び移る。
明日の朝になれば、さすがにこの騒ぎも落ち着いているだろう。
気は進まないが、早朝ならば人も少ないはず。夜明け前に起き出して探すしかない。
それまで、「あれ」が誰にも拾われないように願うしかなかった。
「あーあ、ホントに今日はツイてな……、寒っ」
コンクリートの屋上を吹き抜ける風に震える。十月も末になると夜は冷えるし、風も冷たい。だからといって、闇雲に降りるのは危険だ。
風避けになるものを探して屋上を見渡し、この場にあるはずのない姿に心臓が跳ね上がった。
(ウソ……、どうして……)
上がってくる途中も確認したが、ビルの明かりは全て消えていた。非常階段も、屋上に出るドアも鍵がかかっていたのに。
――どうして、人がいるの!?
人間が一人、こちらに背を向け、柵にもたれるようにして地上の喧騒を見下ろしている。空色の上着に黒いズボンといった普通の格好、両方の手首につけた水晶の数珠が下からの明かりにキラキラと光っている。背丈と気配から、少年だろう。
祭りの参加者ではないようだが、警察でもなさそうだ。そして、幸いなことに、まだこちらに気づいていない。
(今のうちに……)
振り向かないように祈りながら、ソロソロと後ずさる。
少し強い風が吹き、彼の上着を揺らした。
――え……?
先程とは別の理由で心臓が跳ね、思わず足を止める。
(あんな感じの色……、だっけ……)
冷たい夜風に煽られた空色の丈の長い上着に、あの青年が気に入っていた水色の羽織が重なった。懐かしさと寂しさが込み上げ、じわりと空色が滲んだ。
「本当に賑やかだよねえ。邪が逃げてくれるならいいけれど、逆に引き寄せちゃうからなあ……」
風が声を運んだ。
感傷も吹き飛んで、その背を凝視する。
交差点を眺めているらしいのは変わらない。
だけど、間違いなくこちらに話しかけていた。
――気づかれてた……!?
爪を伸ばして身構える。全く警戒する素振りもなく、少年は振り向いた。
「こんばんは?」
琥珀色の瞳がにっこりと笑った。
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