0人が本棚に入れています
本棚に追加
「よく知ってるなあ。誰に教わったの?」
「べ、別に……、自分で情報収集したのよ……!」
人間社会は急激に変化していく。
猫のまま過ごすならば最低限の知識だけでいいが、人に化けて人間社会に関わるのなら、この化けた姿の少女が普通に持ち合わせている程度の「常識」くらいは知っておかないと危険だ。
猫又同士の情報交換では間に合わないので、その辺に落ちている新聞や雑誌を片っ端から読んだり、家電屋で流れているテレビ番組を見たりと、時間があれば勉強している。
「独学? 現衆と関りもなさそうなのに、よく調べたね。大変だったでしょう?」
「ま、まあね……」
ほわっと温かい気持ちになった。
あの人が褒めてくれたような気がした。
「それにしても、意外だなあ。『いきなり警察官を負傷させて逃走した』なんていうから、どんな凶暴なヤツかと思ったのに。こんな真面目な仔なんだもの」
「あれは……! あ、あいつが……、私の姿を見て、棒で殴ろうとしたから……!」
「そう……、やっぱり君の仕業なんだね」
少年の目が細められた。
うっかり自白してしまったことに気づく。というよりも、誘導に引っ掛かってしまったのだろう。少し迷い、すぐに開き直った。
取り繕ったところで、この少年にはバレてしまうような気がする。なら、いっそのこと自分から話したほうがいい。
「せ、正当防衛よ! ちゃんと、ここにいる人達に合わせた格好に化けて……、迷惑なんてかけてなかったのに、勝手に声かけてきて……! ちょっと、本当の姿がガラスに映ったくらいで、化け物を見たみたいな顔して……、殴ろうとしたのよ!? 先にやらなきゃ、何されてたかわからないわ!」
「う~~ん、気持ちはわかるけど、少し過剰防衛じゃないかな……。向こうは怪我しちゃってるし。猫又の反射神経なら、普通のお巡りさんが警棒振り回してきても余裕でかわせるし……、逃げるだけでよかったと思うけど……」
「ち、ちゃんと加減したもん! 傷口に邪念とかは残ってなかったはずよ!? だ、だいたい、あなたは正体がわかっても普通に話してるじゃない! あ、あれ? そういえば、どうして、私が猫又って知ってるの?」
屋上は一面がコンクリートの床で、ドアは鉄製だ。姿を映すようなものは何もない。
「気づいてないの? さっきから尻尾が出てるけど……」
「え!?」
琥珀の瞳が見ている先にあるものに、血の気が引いた。
先が二つに分かれた黒い尻尾がスカートの裾から覗いている。
「や、ヤダ! い、いつから!? も、もしかして、あなた、何かやった!?」
「まさか。話している最中に勝手に生えてきてたよ。興奮したら出てくるみたいだから、気をつけたほうがいいよ」
つまり、彼は尻尾が出てこようと全く態度にも顔にも出さずに話を続けていたということだ。あの警察官のように過剰に反応されるのは困るが、ここまで無関心だと逆に怖い。
「……どうして、そんなに平気な顔してるの……? 普通、もうちょっと怖がるんだけど……」
「見慣れてるからね、いろいろと」
少年は楽しそうに笑い、少し態度を改めた。
「自己紹介がまだだっけ。僕は城田望。望でいいよ、猫又さん」
「……『猫又さん』じゃないわ。千世っていう、ちゃんとした名前があるもん」
ずっとあったモヤモヤが消えた気がした。
そういえば、人間に本名を名乗ったのは初めてだ。正体も含めて。
なんとなく、人の世に受け入れてもらえたような気がして、訳もなく心が弾んだ。
最初のコメントを投稿しよう!