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「……望は、別の町に住んでいるの?」
「うん。今日みたいに大きなイベントがある日は、応援に来るんだ。短い間に、凄い量の邪念が剥がれるからね」
歩道を流れて行く靄を眺め、望は憂鬱な顔をした。
「こんな時間に大騒ぎしてると、千世さんみたいに、妖と人間がトラブルになることも多いんだ。ビックリしたでしょ?」
「そりゃあね。皆、変な格好してるし、夜だし。呪術の集まりかと思っちゃった」
今夜限定の現衆仮所属証だというカボチャ型の小さなワッペンの位置が気に入らなくて、胸元につけ直した。このワッペンを付けていると、今夜一晩、警察官が近づいてきても素通りしてくれるらしい。
「呪術かあ。不可抗力だけど、近い現象は起きちゃってるなあ」
苦笑を浮かべ、望は少し大人びた顔をした。
今夜のこの交差点のように、人が集まる日は地域の担当者だけでは手が回らないので、他の地域からも応援の警備員を募るらしい。望も出張してきた警備員だが、人が集まる場所が苦手なので現衆所有のビルの屋上でサボっていたのだという。
騒ぎに巻き込まれて困っている妖の手伝いも警備員の仕事らしく、事情を話すと協力してくれることになった。
掴み所がない中学生だが、現衆の紋が入った警備員証を見せてもらったし、ある程度は信用してもいいのだろう。
あの人にどこか似ているから、もう少し話してみたかった。そんな気持ちも、少しだけあったのかもしれない。
「それにしても澱んでるなあ。去年は、ここまで酷くなかったと思うんだけど……。それだけ今年は人が多いのかな……」
「……こんなに澱んでたら、明日まで念が残っちゃうわ……。大丈夫なの?」
「皆が帰った後、祓うんだ。明日の朝、朝陽が照らせばほとんど消えるよ」
「そうなんだ……」
なんとなく、ほっとした。心配しなくても現衆に任せておけば良さそうだ。
クッキーをもう1つ取り出すと、そこここで買い食いしている人が目についた。
(お祭りとか、けっこう見て回ったけど、何か食べたのは初めてかなあ……)
提灯の明かりと楽しそうな声と。時代が変わっても、お祭りの夜が醸し出す不思議な空気はあまり変わっていない気がする。
ずっと祭りの外側から眺めていただけだったけれど、今日は少しだけ内側だ。
あんなに否定的な気分で、この仮装大会を見ていたのに――、自分も輪の中に入っていると思うと、良い面を探してしまう。こういうのを「ゲンキンな奴」というのなら、自分はそうなのだろう。
「こんなに人がいても……、いないんだろな……」
いつもの癖で人々の服装と霊気をチェックし、溜め息交じりにクッキーを噛る。
あの人は「京で拾った」と言っていた。
長い時間をかけて、江戸から京に行き、何十年も探し回ったが、落とし主は見つかっていない。
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