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第14話 おそれる後輩
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目の三十歳。
最近、気になる後輩がいる。
「助けて、オハナ坊!」
おい、私は猫型ロボットじゃない。
「なあにぃ……?」
焦りながら会計課にやってきた、同期の鴨川君。
どうせろくなことじゃないんだろうと、私は少し心の距離を取ってから振り向いた。
「この工事の請求書、検査が長引いちゃってさ! 今週中に払って欲しいんだけど!」
「ええ!?」
今日は火曜日。支払い伝票の締切は五日前が基本。今日きた伝票は未決裁なので、通常なら一週間はかかる。
……というのはもちろん建前で、ぶっちゃけ前日の午後三時前なら払えないことはない。
「困るよ、そんなこと言われても」
「お願いっ! オハナ様!」
だがしかし、それを他の課に知られると、こういう輩が常にやって来る羽目になる。
秩序を乱す不届者には、うんと嫌な顔をしてから、やってあげるのが掟なのだ。
「あのねえ、鴨川君。私にだけ迷惑がかかる話じゃないんだよ」
「え? そうなの?」
「支払いは畑野さんの担当なんだから、畑野さんに迷惑がかかるんだよ」
「マジか!」
私達のやり取りを、向かいの席の畑野さんはスンとなって聞いていた。
「ごめんね、畑野さん。何とかなりそう?」
「そうですね……金曜なら」
すると鴨川君は指まで鳴らして喜んだ。
「ありがとう! 畑野ちゃん!」
「いえ。仕事なので」
「……ソウデスネ」
さすがクール女子。一瞬でちゃらんぽらんを黙らせる技術。私も見習おう。
「とにかく助かったわー! じゃ、よろしくぅ!」
おいおい、立ち直りが早すぎるな。鴨川君はルンルンで会計課を後にした。
そして彼が去った後に佇む、背の高い影。
「鷲見君? 何してんの?」
「いや……騒がしい人がいたので」
私が声をかけると、鷲見君は鴨川君が去った方向をまだ気にしていた。
「もう大丈夫だよ、おいでおいで」
「は、はひっ!」
手招きで呼んであげると、鷲見君は恥ずかしがりながら近づいた。
「これ、遅くなってすみませんでした。課長が出張で決裁がおりなくて」
恐る恐る伝票を出す鷲見君。ああ、それで鴨川君の末路を眺めてたのね。
「ああ、昨日電話で言ってたやつでしょ。大丈夫、事前に聞いてればちゃんとやるから」
そう。こういう殊勝な態度をヤツも見習って欲しい。
「ありがとね、ご苦労様」
「はい! 失礼しました!」
おやおや、鷲見君。珍しくスキップして去って行く。
よっぽど気に病んでいたのね。可愛いなあ。
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