第1話 知っている男

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第1話 知っている男

 私の名前は、花寄(はなより)さち子。  市役所勤務八年目の三十歳。  最近、会計課の主任になった。  今日も今日とて、伝票のチェックをしている。  む、不備あり。  私はポストイットを取り出して、ペンを持ち換える。  えーっと、起案者は福祉課の、わしみって読むのかな?  不備の箇所にペタリ。  納品日が請求日よりも後になってますよ、と。  返却ボックスに入れて、修正を待つ。  基礎の基礎だぞ。まあ、福祉で物品購入の伝票作るんじゃ、まだ若い子だね。  次の日。   「花寄さん」  音もなく、人影が私に近づいた。  すぐ横に、若いイケメンが立っていた。 「伝票、すいませんでした」  ああ、昨日の? 「ええっと、福祉のわしみ君?」 「鷲見(すみ)です」 「あ、ごめんなさい」 「いえ」  なるほど、そう読むのか。難しいな。  私は鷲見君から修正済みの伝票を受け取って、その場でチェックした。 「うん、直ってる。ありがとう。決裁に回しておくね」 「よろしくお願いします」  イケメンなのに、随分無愛想な子だ。  おっと、イケメンだからって全部が陽キャではないか。偏見、ダメ。 「あの……」 「なに?」  質問でもあるのかな、いいよ、どんどん聞けばいい。若いうちは聞くのが仕事。 「さち子先輩って呼んでもいいですか」  うん?  私、この子とは初対面だよね。なんで名前知ってるんだ?  あ、名札を見たのか。めざとい子だな。 「ええっと、下の名前はちょっと……」  初対面なのに、距離感どうなってるんだ、若者よ。 「じゃあ、花寄先輩でどうですか」 「まあ……それなら……」  同じ課じゃないのに、先輩呼びしたいのか。変わった子だ。  それとも、伝票審査を甘くしてもらおうとしてるのか?   「ありがとうございます、花寄先輩!」  わお、イケメンの笑顔って眩しいね。  鷲見君はそう言って、颯爽と会計課を出て行った。  不思議な子だったな。  うん?  待って。  私、あの子とは今日が初対面。  なのに、どうして私の顔、知ってたの?
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