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「あ? 臣一(しんいち)、今日はどうした」  大部屋のベッドの上で胡座をかいた爺さんは思いの外ピンピンしていた。 「どうしたって……倒れたって聞いてさ」  なんだよとか、不貞腐れるのもバカバカしいほど爺さんは上機嫌で調子が狂う。 「倒れてないぞ。躓いたんだなぁ。このさ、指んとこがよ、あそこ、あの段差に引っかかって──」  爺さんの意味不明な説明を聞いていたら「大川さん、入りますよ。さっき話した食事のことなんですけど」とベッドを囲うクリーム色のカーテンを開けた看護師と目が合って、互いに硬直する。 「臣ちゃん?」  その声で一気に時間を遡り、看護師は高校生の紗夜になっていた。長い黒髪の紗夜が目に涙を溜めて無理矢理笑みを浮かべる。あの時の紗夜が蘇ってきた。 「なんだ、知り合いか? 世間ってのは狭いねぇ。あ、ご飯か。医者が高血圧だから塩分控えめのメニューでって言ってたんだが……塩気がないのはなぁー美味くないんだよ。どうせ長くねぇ人生だからよ、美味しいもの食って死にてぇって──」  爺さんは元気で、空気も読まない。ショックから立ち直れない紗夜と俺を置いてけぼりにして食べ物から近所の話になり、挙句にデイサービスがどうとか止めどなく話していく。  爺さんの話にどうでもいい相槌を打ちながら、どうしても気まずい俺たちは十秒置きに目が合った。お互い気取られないように盗み見る割に、なぜかタイミングが合致して気まずかった。
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