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爺さんは検査に行き、人騒がせな母が病室に来たことで昼前にはお役御免となり、また二時間かけて帰ることになった。
「臣ちゃん! ではなくて、大川さん」
紗夜はナースステーションから呼び掛け、足を止めた俺のもとまでやってきた。
「私、もう上がりなの。お昼ご飯、食べに行かない?」
紗夜ののんびりした声は変わっていない。顔を見れば年相応に張りを失っているものの、話し方や雰囲気は昔のままだ。
「ああ、行くか」
「そしたら職員駐車場で待っててくれる? 着替えて行くからちょっと待たせるかも」
他愛もない一言に驚き、他愛もない一言に引き戻される。車を運転するという紗夜にあの時の紗夜ではないのだと思いしる。時の経過を感じた後に、紗夜の着替えを待つ行為にあの頃を重ねたり。
「わかった。行ってる」
自分が放つ言葉があの頃のままでこれまた不思議な感覚になった。
高校の演劇部に入っていた俺たちは二年間も付き合っていた。三年生のあの日までは、別れることなんて考えもしなかった。結婚するとかしないとか、そんなことまでは考えなくても、まだずっと続いていくものだと思っていたのだ。それなのに歩いていた道はいきなり二手に分かれ、紗夜は俺の手を離して去っていった。
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