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声を荒げた俺にあっらからもこちらからも視線が飛んでくる。これまでも恥ずかしい奴だったし、今も存分に恥ずかしい野郎だった。
「思ってないよ、そんなこと。それにこんなこと言ったらあれだけど……臣ちゃんも本当は違う夢を追いかけたいと思ってるよね。料理の写真、すごく手が込んだものとか作ってて、そこに添えられた言葉も熱意が感じられたもん」
居酒屋で働くうちに料理の楽しさを知った俺は、休みの日は役者のオーディションよりかっぱ橋道具街に足が向くようになっていた。包丁を買いそろえ、魚を捌くことも出汁を取る方法も覚えていった。
紗夜の目にはいつの間にか涙が溜まり、いつか見たものとそっくりになっていた。
「ごめん……私が臣ちゃんを役者になるって夢に縛り付けていたんだよね。見たんだ、フェイス◯ックでキレイな夕焼けの写真と添えられた言葉。苦しめてごめん。自分だけ夢を諦めて次に行ってごめんなさい」
誰も見てる人なんて居ないとたかを括って載せた写真。それに添えた「俺には夜は来ない。夢に囚われ目が覚めることもない。ずっと夕陽を漂っている」と、くさいことを書いた事を思い出していた。
あの日の紗夜が俺を見つめる。涙は落ちない。そう、強い意思のある眼差し。
「今日、臣ちゃんに会えて良かった。もう次に行ってください。好きなことをして欲しい。あの頃、私は臣ちゃんのことが好きだったし、臣ちゃんの自信も眩しかった。正直、私にはお芝居の道で生きていくなんてムリだと思ってたのに、臣ちゃんってば私と違って自信満々でさ……悔しかったよ。好きな人を応援したい癖に腹も立ててた。私の夢を臣ちゃんに擦り付けて私だけのうのうと生きてて本当にごめんね」
強い酒を飲んだときのような喉の灼ける感覚。それから、眉間の間にぐっと込み上げてくる鈍痛。
「ああ、臣ちゃん……」
紗夜はバッグの中を弄ってハンカチを俺に突き出した。
「これ、使って」
テーブルに落ちた雫。二粒落ちたところで紗夜の手からハンカチを借りて涙を拭った。
「そうじゃないんだ。……俺は、俺は紗夜の言葉を免罪符に自堕落な日々を送ってきた。夢なんてとっくに諦めたのに、諦められないと言い訳してのらりくらいと生きてきた。次の一歩も踏み出せなくて──」
どんな状況でも涙を流さない紗夜と違って、俺は弱い奴だった。夢を諦めるにも他人の手助けを必要とする恥ずかしい奴なのだ。それをわかっていて背中を押してくれた紗夜に、俺はバカみたいに泣いて泣いて底なしに格好が悪かった。
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