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深夜、ふと目を覚ました時に蘇る痛恨。
いつまでも消えない鮮やかな感情を例えるならば黄昏時の秋の空。終わりそうで終わらないのは、人生のシミのようで目を背けたくなる。その癖、無駄に主張するのだからたちが悪かった。
「臣ちゃん、生ゴミ出したら帰っていいよ」
三十も半ば、居酒屋で働く中途半端な俺は渡された生ゴミの袋を手に「お疲れさんです」と答えて、無造作に置かれたチラシの上にこれまた適当に置いたリュックを取り上げた。
「料理修行とか言って飲み歩くんじゃないよ! 真っ直ぐ帰りな」
個人店を営む渡辺夫妻は五歳下。特にこの肝っ玉母さんみたいな妻は何かと俺の世話を焼きたがった。
「彼女みたいなこと言うなよ、瑠璃ちゃん」
軽口を叩きながら向かう裏口。
「同じイケメンでも坂下くんのほうがいいわ! それよりもう給料の前払いはしないからね」
追いかけてきた言葉に片手を上げて返す。坂下より絶対俺の方がイケメンだろと思うが、干支が一回りも若い男はきっと枕から加齢臭などしない。若さとは失って初めてわかる輝きだった。
裏口を出たら思いの外空気が冷えていて肩を竦めた。
「あ、お疲れ様です」
噂の坂下が暗がりから出てきて、さらに背中に寒さが増した。繁華街の裏路地に潜んでいるものなんて、犯罪者か巨大ネズミと相場が決まっている。坂下ならいいが、驚かせられて不機嫌になった。
「ああ、何してんの?」
「電話……彼女が泣いてて」
俺に返事をした口でスマホを隠しながら、コソコソとお店の人が来たとかなんとか言っている。
持っていた生ゴミ入りの袋を「ほれ、やる!」と投げてやった。若い奴は反射神経も良くて直ぐに飛び退いた。地面に落ちたゴミ袋はクネンと横たわる。
「泣くってのは甘えてぇんだろ。瑠璃ちゃんには俺が生ゴミぶちまけたから片付けてたって言えよ。んじゃあな」
ありがとうございますと坂下に見送られて歩いていく。
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